ドイツ人にとっての休暇

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魔法の言葉「休暇」

ドイツの職場・七不思議という記事でも、ドイツにおける休暇について少し触れた。「休暇」と聞いて多くの日本人がイメージするものと、多くのドイツ人がイメージするものには、明確な差異がある。ドイツ人達の実際の声も織り交ぜながら、この記事では掘り下げて考察してみたい。

この国では不可侵のもの、それが休暇。ドイツ語では“ウアラウプ”(Urlaub)、お隣のフランス語でいう“ヴァカンス”(vacances)である。

学校や大学の学期休みには、“フェーリエン”(Ferien)という別のドイツ語があります。ウアラウプは基本的に仕事の休みのことで、被雇用者であれば有給休暇にあたりますね

ウアラウプ”といえば、水戸黄門の印籠よろしく、突き付けられると相手は引き下がるしかない魔法の言葉

古いドイツ語に遡って語源を見てみると、現代ドイツ語でいう「許可する」(erlauben)という単語の名詞形である。つまり、「仕事から離れてどこかへ行く許可」に由来するようだ。

これではあまり面白みがないので、“ヴァカンス”の元々の意味も確認してみよう。こちらは「自由な・空っぽの」を意味するラテン語が語源。英語・フランス語でもvacant、ドイツ語でもvakantという形で現在も使用されている単語だ。

ドイツ人にとっての休暇も、ヴァカンスという言葉が持つ開放的な響きからイメージしてもらうといいだろう。つまり、空っぽになれる自由な時間。空っぽになるためには幾つかの要素が重要なのだが、次の項目で順々に考えてみたい。

要素1:長く計画的に休む

まず、ドイツで休暇といえば数週間まとめて取得するのが基本で、2週間くらいから、長いと4週間休む人も。勤務年数が長ければ年間30日ほどの有給休暇が付与されるので、丸6週間休める計算である。そして取得率はごく高い。

多くのドイツ人は、休暇のために働いているといっても過言ではない。ドイツ人と日本人が半々くらいの私の職場でも、新型コロナウイルスの影響で出勤体制がイレギュラーになってから、休暇の予定を立てにくくなったのだが、「休暇を取れるかは様子を見ながら」と仄めかしたらしい日本人の上司に、ドイツ人の同僚は冷ややかだった。

ドイツ人から休暇を取り上げたら、働くモチベーションなくなっちゃうよ

休暇というのは、仕事で稼働し続けている心身というエンジンを一度切り、オーバーヒートを防いで、また健全な状態で働けるようにするため必要不可欠なものである。「日本では有給休暇を取りにくい」というのはドイツでも有名な話だが、「エンジンかけっぱなしでどうして壊れないのだろう」という疑問を持たれても仕方がない(そして実際に壊れてしまう人も多いのが悲しい現実である)。

要素2:遠くで休む

そして場所としては、なるべく遠く、日常から切り離された場所が望ましい。私の友人達も、南米に行ったり東南アジアに行ったり、まぁよくそんな遠くまで…と思うが、日本人がはるばるヨーロッパ旅行に来ることを考えれば不思議ではないのかもしれない。

比較的近場でいえば、ドイツ人にとって休暇先の代名詞のようになっているのは、スペインのマヨルカ島。日本人にとってのハワイに近いと思う。文豪ゲーテに大きな影響を与えたのはイタリア旅行だけれども、温暖な南の国や島に憧れるというのは、ドイツ人達の遺伝子に受け継がれている気がする。

面白いことに、ドイツ語にはFernwehという単語がある。直訳すれば「遠く(Fern)の痛み(Weh)」。ホームシック(Heimweh)の対義語とも言える。はるか遠くの世界に焦がれて胸が痛む…そんな状態を表せる言葉だ。

そもそも極東の島国からドイツに移り住んだ私だが、行ったことのある場所について話していると、特に羨ましがられるのはニュージーランド。日本からでも近くはない国だが、確かにヨーロッパから行くにはますます思い切りが必要である。私が日本で暮らしていた頃、ドイツ人の友人がニュージーランドにしばらくステイしていたので、2〜3週間遊びに行ったのだった。

青空が映る青い湖と、その背後の山陵
あまり人のいない湖で友人としばらくぼんやりする

ちなみに私はこの休暇中、珍しく体調を崩して数日ほぼベッドに寝たきりだった。それができたのも、タイトなスケジュールの観光が目的だったのではなく、元々友人の家でゆっくりする予定だったから。帰国日までには回復して無事に飛行機に乗れたのだった。

要素3:無理せず休む

そして最後に、当たり前のようでいて、これが日本人の感覚と一番離れているところとも言えるが、ドイツ人が考える休暇ではちゃんと休まなければならない。ニュージーランドまで行って寝込んでいた私ではないが、無理はしないことが大事である。

まとまった長期休暇を取りにくいせいで、日本人は旅行に出掛けてもエンジン全開で行動しがちである。特に海外では、一ヶ所に連泊することは少なく、毎日移動してなるべく多くの観光地を見たいと思うのが普通だろう。結果的に、休暇後に日頃の疲れが取れているどころか、かえって疲労が溜まってしまうこともある。

私の知っているドイツ人達は、そのように忙しない移動はしない。「何もしない」ことを目的に出掛けるリゾート地では、それこそ2週間ずっと同じホテルに泊まることもあるし、観光目的の旅行でも、余裕を持たせたスケジュールを組む。

ドイツ人の友人に「8時間ルール」の信奉者がおり、休暇の一日(24時間)は、8時間の睡眠・8時間の活動・8時間の休息に充てるのが理想的だという。遥か遠くの日本まで行ったときでさえ、出歩いている時間が8時間を過ぎると、元々のプランを全てこなせたかにかかわらず、「今日の活動は終わり」と宿泊先に戻って休んだそうだ。時間的にできなかったことは、次の日に持ち越すか諦めることになるが、プランに固執して遅くまで出歩くよりも、無理をしないことの方が大事なのである。

その他にも、旅行先であってもいつも通り昼寝の時間を欠かさない、というドイツ人の旦那さんに、「昼寝なんて家でもできるのに」とついもったいない気持ちになってしまう日本人の奥さんの話も聞いた。また、私がドイツ人と観光目的の旅行に出掛けた時、ボードゲームを色々と荷物に詰め込んでいてビックリしたのだが、「出歩くのに疲れたらホテルに戻ってゲームでもしよう」と言われ、ドイツ人らしいなぁと妙に納得したのだった。

そうは言っても、いつもと違う環境にいるからこそ、活発に思考しないといけなくて疲れるのでは、と不思議に思われるかもしれない。日常生活でも仕事でも、ルーティーンであまり頭を使わずに済む場面も多いものだが、旅先では色々と調べたり考えたりしなければならない。しかし、私の同居人Dに言わせると、「それは負担にならない」のだという。

休暇先でやることって、その期間だけで完結して、前後の仕事に影響を与えるものじゃないよね。仕事のしがらみから切り離されていれば、リラックスして考えられるし、むしろ楽しいよ

日本人にとっての余計な負担

おそらく、多くの日本人にとって地味に負担となるのは、旅先でのお土産探しではないだろうか。職場が大所帯の場合、予算やスーツケースの空きとも相談しながら、限られた時間の中で適当なお土産を見つけるのはなかなか骨が折れる。

この“義理で”お土産を配る、という暗黙の義務はドイツにはない。もちろん仲の良い友人や同僚に個人的に何かを買うことはあるが、職場でのバラマキ用に何か見繕わないといけないのは、日本独自の文化なのかもしれない。

さて、2020年と2021年は、新型コロナウイルスの流行により、旅行することが急に不可能に近くなったからこそ、「休暇」の意義を問い直す機会となっている。休暇のために働いていると言っても過言ではないドイツ人達からは、早くどこか遠くでゆっくりしたい、と切に焦がれる溜息が聞こえてくるようである。

一方で、遠くに出掛けなくても頭を仕事から切り離したり、日常の中で非日常を演出する工夫をしたりするなど、心身をリフレッシュさせる別の方法を探る良い機会でもあるのかもしれない。

私の同居人は、例年なら休暇に使うお金で、大型テレビと高性能の音響セットを新調。旅行は言わずもがな、映画館にも劇場にも行けませんが、ゆっくりホームシネマを楽しむのも悪くありませんね

コメント

  1. Joe より:

    ご無沙汰しております。いつも興味深く拝見しています。
    今回の休暇の話題、共感すること多いです。せっかくの休みと観光などいろいろ詰め込もうとしてかえって疲れるのは、やってしまいがちですが、リフレッシュにはなっても休暇にはならず本末転倒(というか片手落ち)かもしれませんね。日本人は数週間のバケーションの過ごし方を知らない、と聞いたことがあります。ゆったりとした休み、本来の意味の何もしない期間をとること、の習慣がないからでしょうね。同僚を見ていて、特に何がなくても楽しくおしゃべりして長い時間を過ごしていて、心が開かれていて豊かだなと思っていました。自分の貧しさを教わった気がして、ドイツに来てそういう感覚にひたれて良かったと思っています。
    話それましたが、、それと、休暇を取るタイミング(日程調整)がうまいと思っていました。早くからプランを決めてその通りにできていて、見習いたいところです。僕はつい、もうちょっと切りのいいところまで仕事、とかいって、休暇のスタートを決めるのが休暇に入るギリギリになっていてしまいます。休暇の準備期間とでも言いましょうか、休暇前に仕事を普段より少しだけ早く上がるような期間があって、本番の休暇、というパターンもみましたが、コロナが落ち着いたらやってみたいですね。その同僚は、休暇後の数日間も少し早上がりで、休暇から仕事モードへの移行を入念にやっている気がします。休暇が長いヨーロッパならではの、広義の体調管理だと思うので、ドイツ仕込みのプロフェッショナルという感じがします。あと2年はハイデルベルクなので、一度はこういう(プレ、ポスト含む)バケーションを体験したいです。
    日本人の僕でさえ、日常から切り離された場所に行きたい気持ちが募っています。心身をリフレッシュさせる別の方法を見出せず、仕事の時間だけが増えました。いや、他にもありました、デリバリーで食べることの分、食事へのコストと脂肪が増えました。。。

    • Aki Aki より:

      お久しぶりです、今回もコメントありがとうございます!

      ドイツ人、職場であっても、何もなくても楽しそうに話していますよね。日本だと「サボっていると周りに思われるんじゃないか」と不安になりますが(そのぶん仕事後に上司・同僚と飲みに行くわけですね…)。
      彼らは職場の人間関係を良好に保つのも仕事のうちだと割り切って、罪悪感なくお喋りしている感じがします。

      休暇前後も早めに仕事を上がるようにして、仕事モードと休暇モード間の移行をスムーズにしている同僚の方、まさしく休暇のプロですね!オンオフの切り替えが上手な人は仕事も出来るイメージがあります。
      コロナ禍でもお仕事お疲れさまです。せっかくドイツにいらっしゃるのに、旅行できないのは残念ですよね。でもあと2年のうちにはドイツ式のヴァケーションを実行できるよう願っています。

      ロックダウン中、楽しみといえば食べることですよね。。。私は家で料理したりお菓子を焼いたりするのも好きなのですが、つい食べすぎてしまいます。
      外の空気に触れるのと、運動不足解消のため、ベルリンでは誰も彼もジョギングしています。私も一日おきに8〜10キロ走っていますが、自分のペースで都合の良い時にできるので(在宅勤務の日は仕事の合間にでも)、ジョギングおすすめです!

      • Joe より:

        海外でトレーニングして、夜の飲み会の習慣が抜けた知り合いは、帰国後は、お祝い事などはみんなでランチにしています。夜の酒席で仕事(に関わることを)してる人を見ることに、ちょっと気持ち悪さを感じているので、そういうのが減ると良いと思っています。同僚と個人的に飲みに行くのは別で、それは嫌じゃないですが。

        職場の人間関係を良好に保つのも仕事のうち、これ、端的ですっきりしていていいですね。まさにその通りだと思います。僕はそれがわかってなくて最近まで苦労していました。成果が上がればコミュニケーションが疎かでいいってもんではないし、ここでは前例を見るに、コミュニケーションが良好じゃないと仕事がなかなか仕上がっていかないと思います。皆さん個人の力もあるし個人主義ですが、仕事はチーム戦だったり、たくさん人と話して進めています。簡単なこともメールで済ませることはほぼなくて、メール出してから話しにくるって感じです。それと、英国のティータイムではないですが、ランチはみんな揃って食べていることが多いです。長々と書きましたが、人間関係が仕事に直接的に影響が出る、ということを、「職場の人間関係を良好に保つのも仕事のうち」は明快に表しています。メモしました。

        たくさん話すのは仕事に限ったことじゃないですね。日本は日本人ばかりだからツーカーでやってる一方、いろんな国の人がより多数いるこちらには、情報共有したりわかり合うために言葉を尽くして、会話中心で物事を進める文化があるのなと思っています。この想像はちょっと違う気もしていて、この辺を理解したいと最近思っています。

        きっとヨーロッパをたくさん旅行して見聞を広められる日が来ると思って、気持ちよく長休みできるように、それまではきっちり仕事に集中します!まさに修行ですね。

        デリバリーのおかげで、ピザやパスタ、インドカレーの美味しいってどういうことか、ちょっと自分のスタンダードが上がりました。日本の美味しいって、旨味そのものを言っている(こともままある)んだとも思いました。小麦粉やトマトの食べ方を、イタリア人はよく知ってるなと感心してます。

        ジョギングをしている人はこちらにも多いです。僕はウォーキングを時々している程度なので、もう少し距離と頻度を増やしたいと思っています。

        • Aki Aki より:

          ランチをうまく利用するの、いいですね!昼休みにチームビルディング、効率的だと思います。
          ドイツでは仕事後に部署で飲みに行ったりすることがないのは、寂しいと思う日本人もいるかもしれませんが、個人の予定を邪魔されることがないので私は気が楽です。

          メモしていただけて嬉しいです!笑
          人間関係が仕事に直接的な影響を出す、というの、本当だと思います。どんな内容であれ、やはり人同士の繋がりの中で行われるのが仕事ですもんね。
          色んな背景から来た人が集まるドイツでは、「言わないと伝わらない」のが共通認識としてある気はしています。

          コロナで国外はもちろん国内旅行も難しくなってしまいましたね。私も去年はハイデルベルクの友人達に会いに行けなかったので、今年こそと思っていますが、どうなることか…
          ハイデルベルクの春は気持ちが良いので、ウォーキングなど楽しんでください!

          移民が多いヨーロッパだと、その国の人が作る本場の味を食べれらるのが嬉しいですよね。シンプルなトッピングのピザも美味しいですし。
          個人的には野菜も豊富な中東料理も好きです。ハイデルベルクだと『Mahmoud‘s』おすすめなので、機会があったらぜひ!

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