ドイツで知り合う日本人たち

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日本では知り合えない日本人

「ドイツで暮らしていて何が楽しいの?」と、一時帰国すると聞かれることがある。私は楽しさの一つとして、「色んな日本人と知り合えること」と答えている。

これは逆説的に聞こえるかもしれない。普通に考えれば、日本で暮らしている方が、毎日ほぼ日本人だけに囲まれているのだから、色んな人に出会えるはずである。しかし実際には、自分が所属している学校や会社以外の人と親しくなる機会は、驚くほど少ない。

日本は学校や仕事が忙しすぎて、自由時間が少ないのも原因かも…

趣味を通して交友関係を広げている人も、もちろんいるだろう。私も会社員時代には、バレエ教室で様々な職業の仲間と知り合い、一番仲が良かったのは弁護士の女性だった。それでも、自分のバレエ教室という枠を飛び越えて、そこから更に友人が増えていったという経験はない。

ところがドイツにいて、自分がそれを望めば、芋づる式に日本人の知り合いが増えていく。『日本人』という共通点をきっかけに、友達が友達を呼ぶかたちで、交友関係が際限なく広がるのである。私がこれまでに知り合った日本人を思い出してみても、老若男女、面白いくらいに職業もバラバラ

大学教授、日本企業の社員、ピアニスト、声楽家、学者、演出家、マッサージ師、調理師、画家、司書、幼稚園の先生、介護士、牧師、オーケストラ団員、外務省職員、建築家、学生、看護師、ピアノの先生、起業家、通訳者、医師、日本語教師…

日本にいたら、まず親しく話せなかっただろう人ばかり。しかも私は、特定の日本人の組織に所属しているわけではないので、単に知り合いを通してネットワークが広がってきたのであり、何人かとは親しい友人としてお付き合いしている。

ドイツにはどんな日本人がいるのか?どうやって知り合うものなのか?面白い点とは何か?この記事では、少し詳しく考えてみたい。

ドイツ在住の日本人との付き合い方

私が初めてドイツに長く滞在したのは、今から10年前、ハイデルベルクに1年間留学したときだった。この間は、なるべく日本人との関わりを避けていた。というのも、留学の目的がドイツ語力を磨くことだったので、日本語でコミュニケーションできてしまう環境に身を置きたくなかったから。そのために、日本で通っていた大学からの交換留学(毎年2〜3名の学生が各協定校に派遣される)ではなく、協定校ではないハイデルベルク大学へ単身やってきたのだった。

雪景色のハイデルベルク
記録的な寒波に見舞われた年で、ハイデルベルクの名所・アルテブリュッケも連日凍り付いていた

ハイデルベルクは比較的日本人が多い街なのだが、結果的に、1年間ほぼ日本語を話すことなく過ごして帰国した。つまり、日本人コミュニティと関わるかは任意なので、入っていこうと思わなければ、入らなくても生活できるのである。大学の授業で何人かの日本人学生と知り合うことはあったが、他の同級生と同様に挨拶をするくらいで、あまり深く付き合うことはしなかった。

2016年、ドイツに定住しようと再びハイデルベルクへ引っ越してきた時から、「短期間でドイツ語を磨かなくては」という焦りがなくなったので、日本関係の場所にも顔を出すようになった。私にとってハブのような存在になったのは、ハイデルベルク大学の日本学附属の図書館。仕事を探していて、日本学科の秘書のドイツ人女性にメールしたのがきっかけで、司書の日本人女性を紹介してもらい、やがて学生スタッフとして図書館で働くようになった。そこで、日本学科の日本語教師や、日本から研究滞在で来ている教授や、ボランティアで図書館のお手伝いをしている日本人女性たちと知り合うことになる。

そこからどんどんネットワークが広がっていったのは、『友達の友達は友達』という(ドイツ的な)感覚のおかげだと思う。特にハイデルベルクのような小さな街では、日本人は皆知り合いであると言っても差し支えないほど、誰かが誰かしらと繋がっている。「今こんなことを知りたいんですが」という話をすると、詳しい友達を紹介してもらったり、「ベルリンへ引っ越そうと思うんです」という話をすると、ベルリン在住の友達の連絡先をもらい、訪ねてみるように言われたりする。超・住宅難と言われるベルリンで、私が運良く部屋を間借りできることになったのも、日本人のツテのおかげだった。

私は所属していないが、ハイデルベルクとその周辺地域では、『ライン・ネッカー友の会』という日本人の互助組織があり、色々な集まりを企画している

タイプの違う人を結びつけるもの

前述したように、ドイツで知り合った日本人たちは、職業がバラバラ。そして、ドイツが好きでやってきた人もいれば、仕事の都合や、結婚相手がドイツ人だったために、特に思い入れはなかったドイツで暮らすことになった人もいる。

一つ確かに言えるのは、個性的な人が多いということ。特に(私も含めて)日本の同調圧力に反感を覚えていて、個人主義のドイツの方が居心地がよいと居着いてしまった人は、「この歳になったらこれをすべき」や「周りに合わせるべき」という日本の暗黙の了解を気にすることなく、自分の好きなように自由に生きている。

不思議なことに、経歴も年齢も大きく違うような人でも、ドイツで知り合う日本人とは何となく気が合って、初対面でも親しく話をできることがほとんど。そんなとき私は、日本で通っていた大学で、ある教授が言っていたことを思い出す。

人類を大きく二分するとしたら、それは男性と女性という区別ではありません。異なる文化にオープンである人と、そうではない人、だと思うのです。

異なる文化にオープンであるかどうかは、男女間の差よりも大きい、というのである。ここでいう『異なる文化』とは、例えば日本とドイツのような、地理的に区切られた国によって違う文化というよりも、『自分とは違う考え方や習慣』のことだと私は思っている。日本国内であっても、同じ地域内であっても、もしくは家庭内であっても、異なる文化と出会う可能性はある。

自分とは違う考え方や習慣に対し、寛容かつ柔軟でいることができるか。自分の物差しを押し付けず、多角的に物事を見ることができるのか。こういった感覚は、外国で長く暮らしていると、無意識のうちに磨かれていく。自分の常識がみんなの常識ではないと気がつき、目の前にいる人はいくら親しくても、自分とは違う文化を持った別の人間だということを、そのまま受け入れて尊重できる。私がドイツで出会った日本人は、個性的であっても押し付けがましいところはなく、異なる文化にオープンである人が多いから、すぐに親しくなれるのだと思う。

ドイツで経験する日本文化

面白いことに、ドイツに来てから日本文化と深く関わるようになった、という人も多い。日本では純粋な趣味だった茶道や華道やお料理を、こちらで「教えてほしい」と頼まれているうちに、仕事になったという日本人何名かと知り合ったことがある。

ベルリンの自宅で、ドイツ人向けに日本料理の教室をしているNさんもその一人。日曜大工が趣味というドイツ人の旦那さんと一緒に設計から関わったお家は、日本庭園があり、木組みのお風呂場があり、広いキッチンと旦那さん作の木のテーブルがあり、一段高いところに和室があり…日本よりも日本らしくて、洗練された空間。

Nさん宅の和室
Nさん宅の和室(ご本人の許可のもと掲載)

この和室で、同じくベルリンで茶道を教えることになったという京都出身の女性がお茶を点ててくれた時には、日本から遠く離れたドイツにいることをすっかり忘れてしまいそうだった。私は日本にいた時は、日本の伝統文化に触れる機会もほとんどなければ、進んで和食を食べることもなかったのだが(パンが好きなので炊飯器さえ持っていなかった)、ドイツに来てからの方が日本文化に接することが増えたのは、何だか皮肉な話である。

ちなみに、私がNさんと知り合ったのも、友人の友人の友人を通じてである。ハイデルベルク時代のドイツ人の友人に紹介されて、親しくしてもらっていたシュトゥットガルトの日本人夫妻が、ベルリンに知り合いがいるというので繋いでくれたMさんが、Nさんとお友達だったのだ。このMさんはベルリン在住39年、東西統一を現地で経験したという日本人女性で、現在は帰化してドイツ国籍をお持ちである。

著名な日本人を間近で見る

話が本筋から少々逸れるのだが、日本ではなかなか見られないだろう著名な日本人を、ドイツだからこそ間近で見られたこともある。例えば音楽家。ベルリンでは、ピアニスト辻井伸行さんのソロリサイタルと、ヴァイオリニスト五嶋みどりさんが出演したコンサートを観た。どちらも直前まで情報を知らなかったのだが、チケットに余裕があったので運良く当日券を購入できたうえ、学生割引で10ユーロ程度(!)でステージにかなり近い席に座って聴くことができた。

カールスルーエという街の大学で、芥川賞作家・多和田葉子さんの朗読会に参加した時は、その後にご本人から直接本を購入して、他に並んでいる人もいなかったので、その場でゆっくりサインしてもらった。実は私の出身高校の大先輩にあたるので、そんな話題でしばらく親しくお話ししてもらい、もう感無量。彼女も現在はベルリンを活動拠点にしている。

多和田葉子の著書3冊
3冊購入したところ、丁寧に全てにサインしてくれた

日本人同士の助け合い

ドイツの日本人コミュニティは、小さな世界だからこそ、面倒なことも多そうだと思われるかもしれない。一方で、これもドイツにいるからこそできる経験の一つであり、面白さであるのは、間違いない。同じ日本人だという共通点のおかげで、様々な職業の人と知り合い、自分の視野が広がっていくのを感じられるし、日本という国を違った視点から見る機会にもなる。

私も今は進んでドイツ在住の日本人と関わるようにしているが、収入のない学生だった時からずっと、食事に呼んでもらったりアルバイトを紹介してもらったり、たくさんの方々のご好意に甘えてきた。

いつか私も、ドイツへやって来た若い日本人のお世話をできる余裕を持って、「こんな面白い日本人とドイツで出会えてよかった」と思ってもらえるようになりたい

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