ドイツ人と家族のように

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ドイツに馴染んだ日本人

ドイツで長年暮らしている日本人でも、もちろんきっかけは様々であり、ドイツが好きで自分の意思で移住したという私のような人もいれば、別の理由で辿り着いたのがたまたまドイツ、という人もいる。

強面でとっつきにくいと思われているドイツ人達に囲まれて、この国に生活基盤を築いた日本人と話していると、何度も聞くフレーズがある。

ドイツ人って、仲良くなると、本当に家族のように良くしてくれますよね

家族のように良くするということが具体的に何を意味するかと言えば、クリスマス(日本でいうお正月)のような行事で家族の輪に入れてくれる、といったわかりやすい例もあれば、見返りを求めず助けてくれる、ということもある。

ロウソクの飾り、クリスマス柄の食器と、様々な食べ物が並ぶ華やかなテーブル
今年のクリスマスの朝食。同居人のベルリンの実家に私もお邪魔した

私の友人達

例えば私には、『友達の友達は友達』という記事にも書いたことがある、高校生時代からお世話になっているドイツ人一家がいる。

何かあった時に迷わず頼れる人達がいるというのは、本当に心強い。実際に一人暮らし用のアパート探しに苦労して、退居日が近づいているのに引っ越し先が見つからないという不安な日々を過ごした時期には、「いざとなったらしばらく私達の家に住めばいいから」と言ってもらっていたことに、どれだけ気持ちが救われたかわからない。

その他にも、8年ほど前に日本の会社で知り合ってから、ほとんど同じ街に住んでいたことがないのだが、時折電話やメールで近況報告をし、何でも話せるドイツ人の友人Uがいる。私が南部ハイデルベルクからベルリンへ持ってきたい荷物があるという話をすると、6~7時間は掛かるのに快く車で運んでくれることになり、ベルリンで待っていた私のアパートまで一人で来てくれた。しかもUが住んでいるのは更に南にあるシュトゥットガルトなので、わざわざハイデルベルクにホテルを取って一泊し、私の荷物を預かってくれていた家で段ボールを積み込んでから運転を続けたのである。

運転席以外が荷物で埋まった車内
段ボールとコート類でいっぱいになった車。助手席にも段ボール

Uは私がハイデルベルクで大学院生だった時には、食事に行けば「君は収入がないんだから」と必ずご馳走してくれ(私も会社にいた頃は各自で支払っていた)、卒業後に私がなかなか就職が決まらずにいると、「毎月この額までだったら利子なしで貸せるから、いつでも言ってね」と向こうから提案してくれたのだった。結果的に自分の貯蓄でやりくりできたのだが、私のことを本当に信頼して、お金まで貸してくれようとする気持ちが嬉しかった。

家族になってまで助けたい

身近な日本人の例では、友人Mさんは日本で取得したワーキングホリデービザが切れる前に、ベルリンで長期の滞在許可を申請する必要があった。彼女は服飾デザインと裁縫が専門で、一ヶ所と雇用契約を結んでいるわけではないため、フリーランスとしての申請となる。英語は流暢ながらドイツ語は初学、初めてのドイツの外国人局、ということで、考えうる限りの書類を集めたものの不安で仕方なかったMさん。

彼女を一番サポートしてくれたのは、しばらく前からインターンをしていたウェディングドレス店のオーナーで、友達にもなっていたドイツ人女性だった。外国人局での面談に同行し、ドイツ語で一通りのやりとりをしてくれ(Mさん自身はほとんど口を開く必要がなかったらしい)、結果的に無事2年間の滞在許可が下りた。

Mさんも後で知ったそうだが、オーナーもMさんが滞在許可を取得できるか本当に心配していて、「彼女には長くここにいてほしいね」と他の同僚とよく話をしていた。そこで思いついて盛り上がったのが、「…フリーランスとしては駄目だったら、私の養子にしたらいいんじゃない?!」ということで、最終手段としてはMさんを養子に迎え入れるつもりで、知り合いの弁護士にも聞いていたらしい。

家族のように助けてくれる、というのを超えて、家族になって助けようとしてくれたのである。日独カップルで、滞在許可の問題が一つのきっかけとなって結婚したという話はよく聞くが(配偶者としての滞在許可が下りる)、友人が養子縁組まで真剣に考えてくれるというのは、私も聞いて驚いた。

ちなみにこのウェディングドレス店をMさんが最初に見つけたのは、私と一緒に散歩中、偶然前を通りかかった時だった。その日は閉まっていたのだが、ショーウィンドウのスタイリッシュなドレスが素敵だったので、Mさんは店先のカードを持って帰り、後日「何か仕事はありませんか」とメールしたところから、インターンを始めることになった。偶然、もしくは縁とは不思議なものである。

ドイツ人の義理堅さ

もちろんドイツ人のことを一般化することはできないが、私の周りで見ていると、義理堅い人が多いという印象を受ける。ベルリンまで荷物を運んでくれた友人Uも、私がUの日本赴任中にできたおそらく唯一の友達で話し相手だったため、何かの義理のようなものを感じ、今度は私をドイツで助けたいと思ってくれているのが感じられる。実際には友達だっただけで、恩義を感じてもらうようなこと何もないのだけれども。

同様の話は、日本人の友人Aさんからも聞いている。Aさんはドイツ財務省に友達がいるのだが、彼とその家族が在日ドイツ大使館に赴任していた時期に日本で親しくなったそうだ。そして一家がベルリンに戻ってからもコンタクトが続き、昨年Aさんが単身ベルリンへ引っ越してきた際には、色々と面倒を見ようとしてくれた。外国人局にも付き添ってくれ、Aさんはスムーズに2年間の滞在許可を得た。

Aさんの話を聞いていて面白いのは、その友達が責任感に近いような意識を持っているところで、Aさんが問題なく暮らしているかを確かめるため週に一度は連絡がくるし、彼女が家探しに苦労していた時には「力になれなくてごめんね」と本当に申し訳なさそうにしていたらしい。そして新型コロナウイルスの感染拡大でシャットダウンとなってからは、音楽の専門家であるAさんが家に籠っていることにも、「こんなことなってしまって申し訳ない、せっかくベルリンに住んでいるのにコンサートも聴きに行けないなんて…」と謝られたという。

(Aさん)まるでドイツを代表するように謝ってもらう必要、まったくないんですけどね…笑

ドイツ人を引き寄せる?

周りが家族のように助けてくれるのは私がまだ若いからかな、と昔は思っていたが、友人達の例も見ていると、年齢に関係はないようである。家族のような存在、というのはつまり、無償の好意と、守られている安心感を与えてくれる人達である。

遠くの親戚より近くの他人、とはよく言ったもので、外国に居住しているとその有難さを痛感する。特にコロナ危機で、ひょいっと飛行機に乗って国の間を行き来することが難しくなり、急に日本が遥か彼方の存在に思えるようになってからは、尚更である。

逆に言えば、家族のように支えてくれる友達を見つけた人が、長期的にドイツに留まることになった、という気もしている。

私やその日本人の友人達が、単純に運が良かったのかと言えば、幸運だったことは間違いない。一方で、最近たまたま読んだJohn Strelecky著“The Why Café”(『なぜ、あなたはここにいるの?カフェ』という邦訳も出ているようだ)で、「サポーターを見つけるにはこれが必須なんだな」と思わされる箇所があった。

情熱を持って何かに打ち込み、自信を持ってその道を極めていく人は、大きなエネルギーを発していて、周りの人も感化し、自然と応援したくさせるという。デザイナーの友人Mさんがまさしくそうで、誰も知り合いのいないドイツへ身一つで来たのに、あっという間に私を含めて友達兼サポーターができ(本人は何も求めていないのだが自然と応援したくなる)、不思議な縁で同志を見つけ、ついにベルリンでオリジナルレーベルの服を制作・販売するに至った。

私はデザイナーMさんや音楽家Aさんのように特殊な技能があるわけではないのだが、「ドイツが好き」「ドイツで暮らしたい」という強い意志だけで、あまり後先考えず突き進んでいくうちに、国籍を問わず周りを巻き込み、助けてもらい、今の恵まれた環境に辿り着いたのだと思う。

そう考えれば、ドイツ人が家族のような友達になりやすい人達だというよりも、ドイツにいる日本人が、周りの人を引き寄せ、その輪の中に溶け込んでいくエネルギーを持っているのかもしれない。

血が繋がっていない人と家族のような関係になるというのは、不思議なようでいて、考えてみると、パートナー関係や結婚も同じですね

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