イギリスという初恋、ドイツという選択①:イギリス留学編

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なぜドイツなのか

こちらで何年も暮らしていると、日本人・ドイツ人を問わず、出会った人に「どうしてドイツだったんですか」と聞かれることが度々ある。

その質問の意図をちゃんと汲み取ろうとすると、「外国に移住するといっても、アメリカやイギリスといった英語圏ではなくて、どうしてドイツを選んだのか」となるだろう。

このブログを開設してから2年以上が経つが、遅ればせながら、私がどのようにドイツに辿り着いたのか詳しく記してみたい。ごく個人的な話になるが、ドイツに興味を持ってこのブログを読んでくれている方には、何かしら面白く思われる部分があるかもしれない。

初恋はドイツにあらず

私がドイツに辿り着くまでの道のりは、実はイギリスを経由している。

きっかけと呼べるものを考えてみると、話は小学生時代にまで遡る。日本から一歩も出たことがないごく日本的な両親(どころか、親戚中を見回しても海外経験のある人がいない)のもとで育った私だが、外国に目を開かせてくれたのはだった。

読書が大好きな子どもで、休み時間も放課後も、いわゆる世界児童文学を読み漁って過ごした。現実ではごく普通の市立の小学校に通っていたのだが、頭の中ではまだ実際に見たことのない異国の風景の中で生きていた。

特に福音館書店の古典童話シリーズに夢中。童話といっても、ヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』なども収録されており、単なる子ども向けとは一概に言えません

世界文学と呼ばれていても、実際にはほとんどがヨーロッパで書かれたものである。フランス、ドイツ、ロシアなどの作品も読みつつ、私が虜になったのは英文学(イギリス文学)だった。イーディス・ネズビットの作品を邦訳が見つかる限り一通り読み、19世紀イギリスの日常に思いを馳せた。

中学校に上がる頃にはJ.R.R.トールキンの大ファンになる。ちょうど代表作の『指輪物語』がピーター・ジャクソン監督の手で映画化される頃だった。ちなみにほぼ同時期、『ハリー・ポッター』が世界的ブームとなっており、もともと古典的な作品が好きな私だが、多分に漏れずこちらもミーハーに読んでいた。

ホビット庄にある主人公フロドの家
『指輪物語』が好きなあまり、大学生時代にはニュージーランドの映画ロケ地跡を訪ねた

更にイギリスの民俗学に興味を持つようになり、特に妖精に関する伝承や、専門書に近いものまで読んでいた。もちろんJ.R.R.トールキンの影響も大きい。図書館や本屋に置いていない特殊な本は取り寄せて購入して読んだ。しかし日本語に翻訳された書籍だけに頼っていては限界があり、物足りなくなってくる。

そうこうしているうちに、「イギリスに行きたい」という気持ちを抑えきれなくなる。それも旅行ではなく、「イギリスで暮らしてみたい」と思ったのだった。英語もアメリカ英語ではなくイギリス英語を学びたくなり、学校の授業以外にも自分で辞書を引きながら洋書を読み始めた。

当時中学3年生になったところだったが、受験勉強そっちのけで色々調べてみると、選考に通ればイギリスの公立学校に授業料免除で派遣される1年間の高校生交換留学制度というものが見つかり、「これだ」と直感。

しかし海外旅行に行ったこともない家庭だったので、急に「留学したい」と言っても反対されるのは目に見えている。そこで両親には何も言わないまま、イギリスに高校生を派遣しているNGOのパンフレットを取り寄せて概要や費用を比較したり、中学校の校長先生に推薦状を書いてもらえるよう根回ししたりした。

実際にお目当ての留学プログラムに応募する段になって、面接は保護者同伴とわかっていたので、費用の件も含めて母には話して了承をもらった。というよりも、私の意思が固すぎて「止めても無駄だ」と諦めたのと、選考に通るかもわからないし…と思ったらしい。

しかし熱意が伝わったのか、その夏には筆記試験と面接をパスし、1年後にあたる高校1年生の9月からのイギリス留学が決まった。後から一連のことを知った哀れな父は、保護者の同意書にサインするしかなかった。当時14~15歳、今になって振り返れば我ながらずいぶんと自分勝手だが、怖いもの知らずの子どもの実行力というのは凄まじいものがある。

重ねて幸運だったのは、その後に中学校の推薦を受けて受験した都立高校が、1年間は留学でいなくなると選考ではっきり伝えたのに、合格を出してくれたことである。(生徒を公費留学に送り出した前例がなかったらしく、帰国後に単位の換算で一騒動あったのだが、ここでは割愛する)

イギリス留学生活

さて、留学協会のスクーリングにも参加して準備を進め、1年後に焦がれに焦がれて渡ったイギリス。しかし現実の留学生活はそう甘くはなかった。

グラマースクールと呼ばれる進学校の女子校に派遣されたものの、当然ながらすべて英語で受ける授業は難しい。英語、つまり国語の授業ではシェイクスピアの原文などを読まされる。しかし何より、表面的に挨拶を交わすだけではない、何でも話せる友達ができないことが辛かった。

長机に並んで習字の練習をしているイギリス人の生徒たち
外国語教育に力を入れている学校で、習字クラブもあったので、私もお手伝いしていた

今考えれば、高校生ではなく大学生として渡英していたなら、何もかも違っていただろう。私は15歳から16歳にかけて留学したが、平たく言えば難しい年頃だった。自身も同級生もまだ子どもながら、小学生のように無邪気に校庭で走り回って遊べる時期は過ぎている。特に女子はクラスの中でも幾つかのグループに分かれ、仲間内だけのお喋りを楽しみたい年頃である。1年間だけの予定で急にクラスに現れた私がすんなりと入り込める余地はなかった。お互いに大学生であったら、半ば大人として、気遣いや違う距離の取り方をできたのかもしれない。

また、土地柄も少なからず影響した。ロンドンのような都市であれば状況は大きく違っただろうが、私が派遣されたイングランド南東部は比較的裕福なイギリス人家族が多く住んでおり、外国人が少なかった。少なくとも白人でない人をあまり見かけなかった。校内を歩いていて目に付く東洋人の生徒も、私と、違うクラスに入った日本人の留学仲間と、現地で生まれ育った中国人の3人くらいである。

そして排他的とは言いたくないが、噂通り保守的なところがある人が多いのか、イギリス人と私たち外国人の間にはいつも目に見えない壁があるようだった。グループワークをする際によく仲間に入れてくれたクラスメートは何人かいたが、クラス内の付き合いでしかなく、一緒に出掛けたり家に招かれたりすることは一度もなかった。

子どもというのは時に残酷なほど正直で無邪気である。幸い私の学校ではそこまで露骨なことはなかったものの、隣町の学校に通っていた同じ留学協会の仲間は、登校途中に「中国人!」と石を投げられるなどして、転校を余儀なくされた。深刻な人種差別やいじめというよりも、遊びの延長でしかなかっただろうが、多感な青少年の心に刻まれた傷は深かったに違いない。

私はホストファミリーにもあまり馴染めないままだった。私には親切だったが、イギリス至上主義の傾向があり、アメリカを「あんな歴史も伝統も文化もない国なんて」と平然と見下す人達だった。「ユーロ導入はありえない」とも息巻いていたが、ポンドが維持される以上に、十数年後にはEU離脱にまで至るとは、当時の私は想像していなかった。

外国人になるという体験

私はそれでもイギリス文化が好きだったし、J.R.R トールキンゆかりの場所を巡ったり、ロンドンでミュージカル観賞の楽しさを覚えたりと、充実した時間ももちろんあった。

歩道の横を流れるテムズ川と、向こう岸に見えるビッグ・ベン
留学先の街からロンドンまでは電車で1時間ほど。週末によく出掛けた

生まれて初めて海外に出たので、目に映るものすべてが物珍しかった。そして外界で受けるカルチャーショックだけではなく、自分の親元を離れてみて、世の中には様々な家庭環境があることにも驚かされた。同時に自主的に考えて行動する姿勢も磨かれたと思う。

しかし、何より私がイギリス留学で学んだのは、「外国人になること」だった。ずっと日本にいれば想像もしないことだが、自分が外国人として扱われ、Akiという個人以上に「日本人」として見られるという奇妙さを味わった。

初対面では中国人と思われることが多かったが、私が日本人であるとわかると、相手のイギリス人の態度が急に良くなることも何度も経験した。その度に子ども心にも非常に複雑であった。日本人であることを盾に取りたい一方で、それは中国人に対する優越感を意味するのではないかと気が引け、日本で仲が良かった中国出身の同級生の顔を思い出しては申し訳なく思ったのだった。

当たり前と思っていたことが他の国では当たり前ではない、という、それこそ当たり前のことにも気が付いた。違う尺度や角度で物事を見ることも学び、それまでとは世界の見え方が変化した。日本という定規と、イギリスという定規の2本を手にして、立体的に測れるようになった感覚である。そして日本という国を外側からも観察するようになった。

私はホームシックというものになったことは人生で一度もないのだが、イギリス留学中は「日本に帰りたい」と思うことはなくとも、「イギリスから出たい」とは思うようになっていた。そんな中で思いがけず縁ができたのがドイツである。話の続きは、また次の記事としてまとめたい。

留学
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