「はい」と「いいえ」の価値

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「いいえ」と言わない日本人

日本人はあまり「いいえ」と言わない、というのは、日本語や日本文化を学んだことがある人なら、日本以外でも意外に知っている。中国の大学で長年日本語を教えていた日本人の知り合いは、以下のように言っていた。

日本語で何か誘いや依頼を断るときには、「いいえ」ではなく、「ちょっと…」と言うように学生に教えていました

確かに、卑近な例で言えば、食後に「お菓子をいかがですか?」と勧められたとき、「いいえ、結構です」とはっきり断る人は少ないだろう。おそらく「ちょっと、もうお腹いっぱいで…」や「今はちょっと…」と言うのが普通だと思う。

日本人ないし日本語のこの特性は、生活レベルだけではなく、国際的なビジネスの場でも問題を引き起こす可能性がある。私はドイツの大学院で、異文化コミュニケーションを選択科目として勉強していたが、そこでも他の『ダイレクト(直接的)な』文化と対比させて度々論じられていた。日本のビジネスパートナーに仕事を持ち掛けると、「なるべく努力します」といった答えが返ってくるので、出来るんだなと思って話を進めていったのに、実際には先方にとって無理な仕事だった、というような話である。

この手のステレオタイプの文化論には相当偏った見方もあるので注意が必要だが、どちらにしても、日本では何かをはっきり否定するのを避ける傾向にある、ということは、自分の経験からしても本当だと思う。

日本での「いいえ」のニュアンス

それではなぜ、日本人は「いいえ」と言わないのだろう?これは単語の意味研究の観点から見ても面白いが、まさしく『否定』するのは『否定的』だからである。つまり、そうでないと打ち消すこと(=否定)は、ネガティブであり消極的(=否定的)だと捉えられる。

誰かがせっかく誘ってくれたり、頼りにできると期待してくれたりしたのを断るのには、後ろめたさが付き纏う。相手からのマイナス評価に繋がるかもしれない、という心配もある。言い換えてみると、「はい」と肯定するのは容易いので、相手の気持ちを傷つけるのを避けたいという気持ちから、本当は「いいえ」と言いたい場面でも、つい「はい」と言ってしまうこともある。

もちろん、どうしようもない時には最終的に断るわけだが、その場合にも詳しい理由を言わないことがほとんどだと思う。「明日、遊びにいく時間ある?」と聞かれたら、「明日はちょっと予定があって…」とは答えるだろうが、「明日は久しぶりの休日だから、目覚まし時計をかけずにゆっくり寝たいし、録画したまま見れずにいる番組も見たいし…」という個人的なプランまでは普通は言わない。言ってしまうと、相手の誘いよりも自分の都合の方が大事、というネガティブな印象を与えてしまう、という恐れも無意識のうちに働いているのかもしれない。

私は日本の新聞か何かで、「断るときははっきり理由を言わない方が良い。言うと、相手はその問題の解決を試みようとするかもしれないから」と読んだこともある

ドイツでの「いいえ」の重み

ドイツに初めて1年間滞在したとき、よくお世話になっているドイツ人の家族のところでお茶を飲んでいると、お母さんにこんなことを言われた。「Aki、いらないときにははっきりneinって言えばいいのよ、悪いことじゃないんだから」。勧められるままにお茶をおかわりして、出されるお菓子を全て食べていた小柄な私を見て、少し心配になったらしい。確かに私もお腹がふくれていたのだが、せっかく出してくれるのだし…とちょっと頑張って食べ続けていたのだった。

その後、ハイデルベルク大学附属のドイツ語コースの課外授業で、異文化コミュニケーションのワークショップに参加したとき、ドイツ人講師の言葉にはっとした。

ドイツでは、ja(はい)とnein(いいえ)の間に、価値の違いはないのです。jaは肯定、neinは否定の答えというだけであって、どちらの方が良いとか悪いとかいうわけではありません。neinに後ろ向きな意味はないのです。

「いいえ」と答えることに、どこかネガティブな重さを感じていた日本人の私は、目から鱗が落ちて、同時にドイツ人のお母さんの言葉を思い出した。私はneinと言うことで、相手の好意まで否定しまう気がしていたのだ。でも確かに、もてなす側としても、お客さんに無理をしてほしいわけはない。失礼にならない程度に、自分の気持ちを正直に伝えた方が、お互いにとって気持ちの良いコミュニケーションになる

面白いのは、英語の”No, thank you.”やフランス語の”Non, merci.”と同様、ドイツ語でも否定の後には「ありがとう」が続く。”Nein, danke.”「いいえ(結構です)、ありがとう」と言うことで、その提案を受け入れられなくても、相手の好意に対する感謝は表している。反対に、肯定の場合には、”Ja, bitte.”「はい、お願いします」と言う。

クリスマスのティータイム
無理せず断る勇気も持つべきなのは、特にクリスマスの期間。3食の間にも、エンドレスでお菓子が出てくる

ちなみに、「はい」「いいえ」で答えられない質問にも、ドイツでははっきりと返事をする。典型的なのは、家に招待されて、「何を飲みたい?」と聞かれるとき。日本だと「何でもいいです」と言いそうなのだが、これはドイツ人には困った顔をされる。何でもいいと言われてもこちらも困る、自分で決めてくれ、というわけである。自分の希望をはっきりと口にするのは、ドイツでは『無遠慮』とは思われず、普通であり、むしろ好ましいことである。私もいつも「水をください、できれば炭酸入りで」などと具体的に答えている。

理由を言うドイツ人

ドイツで暮らすようになってから驚いたことがもう一つある。それは、ドイツでは何かを断るときに、詳しい理由も添えるのが普通だということ。どんなに個人的だったり些細だったりする理由でも、相手にちゃんと伝える。日本なら「明日はちょっと忙しくて…」で済みそうな場合でも、「来週こんな試験があるんだけど、まだ勉強が追いついてないから、明日は家で勉強しないと」「お母さんのお誕生日だから、家族で過ごしたい」「今週は仕事が忙しくて疲れているから、家でゆっくり休みたい」などと、たいてい詳しい理由付けがされる。

これは、ドイツ人が大事に思う『誠実』という美徳と結びついているのかもしれない。相手の気持ちを顧みず全てを隠さず言うことが誠実さなのか?という議論はひとまず置いておいて、隠し事をしないことは誠実さの証と信じている人が多いのは、経験上本当だと思う。

学生スタッフとしてハイデルベルク大学で仕事をしていたとき、よく「誰かにシフトを交代してほしい」というメーリングリストが仲間から回ってきたが、そこにもいつも「病院に行かないといけなくて」「論文の指導教官と話をしたくて」などと理由が明記してあった。

私が交代した中で、一番印象に残っている理由は、「友達から預かった犬を散歩に連れ出すことになっている時間帯とシフトが被っていて」…笑

文化の解釈の可能性

ドイツでは、ごまかしたり隠し事をしたりせずに、正直に話すことが誠実と見なされているのと同様に、できることはできる、できないことはできない、とはっきり言うことも大事である。このコンテクストから連想するのは、ヨーロッパ文化の基盤になっているキリスト教の、「むやみに誓ってはならない」という教えである。

だから、あなたがたは、『はい』は『はい』、『いいえ』は『いいえ』とだけ言いなさい。それ以上のことは悪いことです。

(マタイ5:37)

一方で、はっきり自分の希望や意見を伝えない日本の習慣を、「遠慮深さ」「慎み深さ」とポジティブに解釈することも可能である。こういった文化の違いは、優劣があるわけではなくて、人それぞれ向き不向きがあるだけだろう。私のように、はっきり「いいえ」と言えるドイツの生活に馴染んでしまうと、一時帰国するときに日本では気をつけないと、と自戒する必要はあるが…(その他にも、日本語で話していても「私は」と口にしすぎるきらいがあり、自己主張が強く聞こえてしまうのだが、これも主語を省略できないドイツ語の影響だと思う)。

日本に詳しいドイツ人は、「日本人は、勧められたものを受け入れるまでに、3回遠慮するんだってね」という知識を持っていることもある。逆に、ドイツ人が1度遠慮したものは、繰り返し勧める必要はないと思っていいだろう。彼らは最初から誠意を持って、正直に断っているからである。

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