ベルリン国立バレエ:コンテンポラリーバレエに親しむ

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バレエの種類とドイツ

バレエ』と聞いて多くの人が思い浮かべるのは、十中八九、『クラシックバレエ』のイメージだと思う。これは、いわゆるチャイコフスキー3大バレエ(白鳥の湖・眠りの森の美女・くるみ割り人形)に代表される、19〜20世紀初頭のロシアバレエの繁栄に拠るところが大きいだろう。

実際には、それまでにもバレエという芸術形態は歴史の中で形を変え、イタリア・フランス・ロシアと国をまたいで発展してきた。やがて西洋世界を飛び出したこの舞台芸術は、現在公演を観られる範囲で考えてみても、ロマンティックバレエ、クラシックバレエ、ネオクラシックバレエ、コンテンポラリーバレエなどに大別できる。

次に、『バレエで有名な国』と聞いてどこを思い浮かべるだろうか。おそらく歴史あるバレエ団と劇場が位置する、フランス・ロシア・イギリスあたりだと思う。そんな中で、ドイツが存在感を示しているのは、ネオクラシックとコンテンポラリーの分野と言える。現在ではコンテンポラリー作品も踊れることは、どのプロのバレエダンサーにも求められていて、毎年日本人の若手ダンサーが奮闘しているスイスのローザンヌ国際バレエコンクールも、クラシックとコンテンポラリー両方の踊りで審査される。

2012年にローザンヌでコンテンポラリーが高い評価を受け、第一位に輝いた菅井円加さんも、振付家ジョン・ノイマイヤー率いるドイツのハンブルクバレエに入団しました

コンテンポラリーバレエは、元々バレエや踊りが好きな人でないと、少し取っ付きにくいかもしれない。女性ダンサーであってもレオタード一枚やストンとしたワンピースといったシンプルな衣裳、トゥシューズではなく裸足に近い状態で踊ることも多い。従来のバレエであれば絶対にしない動き(足を内側に曲げる・床に転がる・背中を丸めるなど)を取り入れているし、何より内容が抽象的で、はっきりしたストーリーがないことが、コンテンポラリー作品を難解に見せている。

受け手の感覚としては、現代アートの彫刻や絵画を見たときと近い。これは何を表現しているのだろう?どうやって理解すればよいのだろう?そもそもこれは『美しい』のだろうか?といった疑問が浮かぶ。まず芸術に意味を求める必要があるのか、という議論もあるが、私も意識的にコンテンポラリーの舞台を観に行ったり、自分でもレッスンを受けるようになったのは、ドイツへ来てからである。

ベルリン国立バレエのコンテンポラリー演目

ドイツ最大級のベルリン国立バレエも、ロマンティックないしクラシックと、コンテンポラリーをバランス良く公演している。私がベルリンに引っ越した後に行われた2つのコンテンポラリー演目を両方観たので、それを手掛かりにして、コンテンポラリーバレエの楽しみ方についてもう少し深く考えてみたい。

1つ目は『van Dijk | Eyal』という公演。タイトルに羅列されているのは振付家の名前で、休憩を挟んで、van DijkとEyalが振り付けた作品が披露された。前者はオランダ人、後者はイスラエル人で、どちらも女性である。ベルリンはハンブルクのノイマイヤーのような専属のカリスマ振付家がいるわけではないので、世界中の才能ある振付家の作品を積極的に取り入れている。

両方ともかなり前衛的な作品だったが、視覚的にインパクトがあったのは前者で、ファッションショーのように様々な格好をしたダンサーが一人一人歩いて出てくるところから始まる。百聞は一見に如かずということで、短いトレイラーをご覧いただきたい。

TRAILER: VAN DIJK | EYAL – DISTANT MATTER by Anouk van Dijk

加えて面白かったのは、舞台の使い方ベルリンでバレエを安く観る方法でも述べたように、ベルリン国立バレエはベルリン内の3つの劇場を使い分けていて、『van Dijk | Eyal』を公演したのはコーミッシェ・オーパーだった。この劇場の舞台はかなり奥行きがあるのだが、後ろから斜めになるように白い布を掛けて、空間をうまく利用していた。

コーミッシェ・オーバーの奥まで広い舞台
開演前にパチリ。白い布の上に、黒い衣裳が映えていた

クラシックからコンテンポラリーへ

プログラムの構成という観点だと、2つ目に観た『Balanchine | Forsythe | Siegal』の方が面白かったので、こちらを詳しく紹介する。『van Dijk | Eyal』と同様に、タイトルは振付家の名前で、バランシン(Balanchine)は日本のバレエファンにも馴染み深い。

この公演があったのは、旧東ベルリン地区の国立歌劇場。開演45分前からの作品紹介も聴いたのだが、ベルリン国立バレエがどうしてこの3人の振付家の作品をプログラムに選んだのか、興味深い説明が多かった。

国立歌劇場のアポロン広間
作品紹介の講演スペースのサロンも豪華絢爛

一言でまとめると、バレエがクラシックからコンテンポラリーへ変化していく過程と、それでも根底にずっと共通しているものを、観客に感じ取ってほしいという話だった。ネオクラシックバレエの創始者・バランシンの『Theme and Variations』(1947)から始まり、Forsytheの『The second detail』(1991)に続き、今回が初披露のSiegalの『Oval』(2019)という作品で終わる。ロシア出身のバランシンが活躍したのはアメリカで、ForsytheとSiegalもアメリカ出身であり、この3人は同じ系譜につながっていると言える。

まずジョージ・バランシンは元々サンクトペテルブルクの出身で、マリウス・プティパ(クラシックバレエを確立した振付家)を心の父を崇めていたことからもわかるように、テクニック的にはクラシックバレエを踏襲・発展させている。『Theme and Variations』の音楽は、同じくバランシンが崇拝していたチャイコフスキーで、衣裳もクラシック・チュチュである。物語こそないが、集まっては解かれ、次々と変化していくフォーメーションが美しい。

私が観た回のメインダンサーは、以下の動画と同じように、私が好きなダニール・シムキンとマリア・コチェトコワのペアだった。この2人は長年アメリカン・バレエ・シアターで活躍していたので、アメリカでバレエ学校とバレエ団の育成に力を注いでいたバランシンの作品で見るのは何だか感慨深い。

George Balanchine – Theme Variations – Staatsballett Berlin

休憩を挟んで、Forsytheの作品では、『軸』をずらす、床に倒れるという、常に中心をまっすぐに保っている従来のバレエからの明らかな逸脱が見られる。バランスを取れるかどうかギリギリのところで踊る、ダンサーにとっては挑戦を強いられる振り付けである。

日本人にとって興味深いのは、衣裳デザインが竹島由美子と三宅一生の手によっていることだろう。シンプルながら絶妙な色合いの美しい衣裳である。

William Forsythe – The Second Detail – Staatsballett Berlin

最後のSiegalの『Oval』は、タイトル通り、舞台上部に巨大な楕円形のライトが浮かんでいる。舞台は全体が照らし出されることはなく、ダンサー達の動きが残像のように目に残る。

この作品のもう一つの特徴は音楽である。チャイコフスキーの音楽を踊りで表現したバランシンと、まだメロディーが認識できるForsytheの作品と比べて、もはや音楽というより断片的なリズムで、雑音に近いと言っても良いかもしれない。振り付けもクラシックバレエから大きく離れ、アクロバティックで様々な要素が混ざり合っている。

Richard Siegal – "Oval" – Staatsballett Berlin

さて、この公演で踊られた3つの作品は、一見するとあまりにバラバラに思える。しかし、3人の振付家が共通して取り組んでいるのは、ポアントワーク(つま先立ちで踊ること)である。

バレエという特殊なテクニックは、時代とともに発展していく中で、理論的・技術的・物理的に進化を遂げた。トレーニング法がどんどん開発され、足を180度横に開いて立つなど、昔なら不可能だった動きをできるようになった(現在のバレエダンサーの動きはもはや非人間的である)。中でも顕著なのはトゥシューズの発明と改良だろう。ロマンティックバレエの時代には、完全につま先立ちすらできなかったのに、現在はポアントで何十回転も連続して回れるようになった。

コンテンポラリーではトゥシューズを履かない作品も多いが、このベルリン国立バレエの公演では、ポアントワークを駆使した3作品が意識的に選ばれ、時代によってどう変わってきたか、また何が変わらないのか、観客に考えさせるようになっている。

作品をもっと楽しむために

私自身、現代アートを目にすると、「これは何だろう?美しいのだろうか?」と考えてしまう。しかし、人が『美しい』と認識するのは、多くの場合、今までに知っている美しさの基準に当てはまった場合だと思う。逆に言えば、初めて見るものには違和感を覚える

型がはっきり決まっているクラシックバレエと違い、コンテンポラリーバレエを観たときに感じる戸惑いのようなものは、この違和感に起因しているのだろう。一方で、自分の基準を柔軟にして、幅を広げていくことに、新しい作品に触れる楽しみがあると思う。

また、コンテンポラリーバレエを鑑賞する際の利点は、もちろん現代の作品なのだから、多くの場合まだ振付家が存命だということである。ベルリン国立バレエも、facebookページにインタビュー動画を載せたり、開演前の作品紹介に振付家自身を呼んだりすることで、どんな意図で作品を振り付けたのか、観客に伝える取り組みをしている。

最後になるが、コンテンポラリー作品には物語がない、というのは、実はバランシンに言わせれば正しくない。彼の言葉を引用しておく。

“Put a man and a girl on stage and there is already a story; a man and two girls, there’s already a plot.” ~ George Balanchine

「男性と女性が舞台にいれば、既にストーリーがあるのです。男性と2人の女性ならば、既にプロットがあります。」ージョージ・バランシン

https://www.roh.org.uk/news/i-am-a-cloud-in-trousers-the-sayings-of-george-balanchine

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