ベルリーナー達の動揺
前回の記事では、新型コロナウイルスによって、2020年3月以降の生活がどのように激変したかを記した。この記事では、ベルリンの人々がこの非常事態にある程度慣れて、制限の多い生活の中でもどう楽しみを見つけることができるようになったかを書いてみたい。
まず3月後半の状況を振り返ってみると、感染者が急増していた南部バイエルン州のように、「ベルリンでも外出制限令が出されるのではないか」という不安感が広まっていた。つまり、緊急の事情がないかぎり外に出てはならない(社会生活を停止する)という措置である。
不安を煽るフェイクニュースが出回り、3月20日にはベルリン州警察が、「現在、次の月曜日からの外出制限令について書かれている、社会保健省の偽のインターネットページが出回っています。ベルリン州ではこの措置は今のところ予定されていません。このフェイクニュースをシェアしないでください」という注意喚起を発表する事態に。
しかしベルリン州の公式HPに似せたページ、そっくりによくできている
最終的にベルリン州ではそこまで厳格なロックダウンにはならなかったが、出勤や買い物、通院、散歩(新鮮な空気を大事にするドイツらしい)といった正当な理由がない限りは出掛けないことを要請された。
州をまたいだ移動、グループで会うこと、生活に必要不可欠な分野を除いた営業活動、レストランでの飲食(テイクアウトは可)、公私問わずイベントの開催も禁止され、観光客も姿を消し、街は静まり返っていた。学校も遊び場も閉鎖された子ども達は家にいる時間が増え、大人の多くも在宅で仕事をした。
急激な生活の変化に戸惑い、不安になり、不満も抱えていただろうベルリン市民に向けて、4月上旬には全世帯にベルリン市長からの手紙が届けられた。生真面目な印象のミヒャエル・ミュラー現市長は、明るいゲイでカリスマ的な人気だったクラウス・ヴォーヴェライト前市長の後で影が薄くなりがちだったが、今回のしっかりしたコロナ対策で私の周りのベルリーナー達の間でも評価が上がっている。
全員で助け合いながらウイルスと闘いましょう、という大意だが、「仕事が制限され、生活に不安に抱えている人も多いでしょう。ベルリン市と私は、皆さんを迅速かつ煩雑な事務手続きなしに助けられるよう、解決策に取り組みます」とあり、それは確かに口約束ではなかった。収入が激減したフリーランサーや事業者向けの支援金制度(5000ユーロ〜)が発表されたのだ。
国籍を問わず、私の周りでも何人かのフリーランサーが申請したが、そのスピード感はすごかった。申請の翌日には、指定した銀行口座に支援金が振り込まれていたのである。特にアーティストなどが多いベルリンでは、無数の申請者がいたはずだが、細かな審査はなしにとりあえず給付する、という決定をしたようだ。その代わり後からチェックが入り、虚偽の申請ではなかったか、どのように支援金を使ったのかを回答し、場合によっては返金しなければならない。急に仕事がなくなった人からすれば生活費の支払いがかかっているので、「先に支給、後から審査」というこの方法は、個人的には正解だったのではと思う。
文化の柔軟な対応
新型コロナウイルスが蔓延し始めたとき、真っ先に禁止されたのは、数百・数千の観客が集まるイベントや公演だったわけだが、ベルリンの文化施設の対応は素早かった。当面の閉鎖が決まった翌週には、ベルリン国立オペラ&バレエは、無料のオンラインプログラムの提供を始めた。日替わりで、過去の公演作品を全幕視聴することができ、普段劇場までは観にいかない作品にも触れる良い機会になった。
もちろんこの動きはベルリンだけではなく世界中で広まっており、家にいながら各国の一流カンパニーの公演を観られるという贅沢のおかげで、劇場に行けないという飢えをだいぶ癒すことができた。
本当は今年ロシアまでバレエ観賞に行きたいと思っていたのは実現できませんでしたが、ボリショイとマリインスキーのオンライン配信を観てうっとり
また、バレエ教室も柔軟にオンラインレッスンへ切り替えた。私にとって予想外の幸運だったのは、ハイデルベルクで何年もお世話になった先生がオンラインで教えるので、私もベルリンから参加していいと言ってくれたことである。遠く離れた街のスタジオとZoomで繋がって、懐かしの先生&仲間達とまたレッスンできる日がこようとは!
スポーツ施設が閉鎖されていた間に人気となったのは、ちょうど季節が良かったもあり、ジョギングである。ベルリンは首都ながら緑豊かなので、ジョギングコースには事欠かない。私も運動不足解消のため、在宅勤務の合間に走るようになったが、近場の湖や公園はどの時間帯に行ってもジョギングする人と数十人は擦れ違った。
また、公共交通機関の利用を少なくするため、自転車で移動する人が増えた。コロナ危機によって、生活スタイルがかえって健康的になったという人もいるだろう。
新たな習慣
ドイツでは馴染みがなかったマスクというものがどのように浸透したかは、別の記事にまとめているが、7月にベルリンのラジオ(rbb)で聞いたアンケート結果によると、「公共交通機関や店舗の中でマスクをすることに慣れた」と回答した人が80パーセントだったという。
その他にも、1.5メートルのいわゆるソーシャル・ディスタンスを取るという意識も根付いてきた。
どんなに社会生活は制限しても、欠かせないのは食料品の買い出しだが、現在ベルリンのスーパーマーケットは、カゴではなくショッピングカートを押して入らないといけないところが多い。これもカートによって自然と周りの人との距離を取ることを目的としている。
感染が急激に広まっていた時期は、そもそも人数制限があり、店内に入れるまで列を作って待たないといけなかった。ここでも1.5メートルの距離を保つ必要があるが、基本的に規則は規則として守る人が多いドイツらしく、みんな静かに並んでいた。
私が経験した中で衛生措置が最も徹底していたのは、ベルリンの銀座というべきクーダムにあるApple Store。ドイツではコロナの経済対策で、2020年7月から一時的に付加価値税が下がったので、私もこれを機にiPhoneを新調することにした。
まずお店の前には数人のスタッフが立っており、額に体温計を向けて熱がないことを確認され、マスク着用を確認される。それから「ご用件は」と聞かれ、「新しいiPhoneを買いたいんですが」と伝えると、ポールで作られたレーンに通されて、そこで数分待った。すると連絡を受けた担当スタッフが店内から出迎えに来てくれ、手を消毒するように案内された後、最後までマンツーマンで接客された。不特定多数の人が出入りし、自由に商品を手に取ることはできなくなったわけである。
可能な範囲で楽しみを
なるべく外出しない、なるべく人と会わないという、制限の多い生活の中でも幸いだったのは、気候が良かったことである。ドイツは春から夏にかけて一気に日照時間が長くなり、21時を過ぎてもまだ明るい。ベルリン州の政令では、野外での散歩や単独のスポーツが禁止されたことはない。ドイツ人にとって新鮮な空気と日光がいかに大切かは、別の記事でも書いたとおりである。
自粛生活かつ天気が悪く、本当に家に閉じこもっていなければならなかったとしたら、心身のストレスは更に大きかっただろう。爽やかな青空の下での散歩やジョギングといった気晴らしがあったからこそ、3〜6月の不安な時期を切り抜けられた人も多いと思う。
ベルリンではこのようにして、新たな形で提供される文化・芸術や、明るい天候に支えられながら、非日常が徐々に日常となった。7月以降は、社会生活も再び活発になりつつある。
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