対等さの善し悪し

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おごらないドイツ

ドイツ人が価値を置くメンタリティの1つに、『対等さ』がある。おそらく一番に思い浮かぶのは男女間の対等さだろう。ヨーロッパの他の国では今でも残っている、男性が女性におごる習慣は、明らかな年齢差や収入差がないかぎり、ドイツではあまり見たことがない。

ドイツのレストランでは、中華料理でよくあるような、みんなで取り分けて食べるというスタイルが少ないので、割り勘というよりも、各自が自分の頼んだ料理と飲みものを支払うのが普通。ドイツ語ではgetrennt(別々で)という。

男性が女性の分も一緒に払おうとしたら、「あなたは私の方が立場が弱いと思ってるの!?」と怒られたという話を聞いたこともある

日本語であっても、よくよく考えてみると、『驕る』(思い上がってわがままなことをする)と『奢る』(ぜいたくになる、人にごちそうする)は同源だから、男性が女性におごるというのは、確かに“上から目線”という響きを含んでいる。

仕事をしている女性の私にとって、ドイツの男女間の対等さは居心地が良いのだが、対等さがすべての場でよい方面に作用するとは限らない。この記事では、日本人が戸惑うだろうポイントを、実例を交えながら考えてみたい。

サービスにおいて

先日、母がドイツへ遊びに来たとき、デパートで気に入ったリュックサックを買おうとした。母は綺麗好きで、何を買うときにも、なるべく他の人が試着などしていない新しいものを出してもらうようにしている。この時も私が通訳して、「このリュックサック、在庫はありますか?」と年配の女性の店員さんに聞いたのだが、「は?このリュックサック、汚れてなんていないでしょう。何が問題なんですか?」と気分を害した様子で断られた。

母は店員さんが反論してくることにびっくりしていたが(確かにリュックサックは綺麗な状態だったので、結局現品をお買い上げ)、私は半ばこんな反応が返ってくることを予想していた。ドイツでは、お客様は神様ではない

ファッションのお店でもスーパーのレジでも、店員さんがお客さんの言うことを無条件に聞いたり、へつらうことはない。商品を売る人と商品を買う人、というように役割が違うだけで、その場での立場は対等なのである。

サービス先進(もしくは過剰)国の日本から来ると、店員さんの愛想がないことに驚く。サービスに重きを置いている飲食店などは別だろうが、ドイツの店員さんは、商品を売るという自分の仕事を全うすればよいわけで、お客さんを上の立場として立てるようなことはしてくれない。

スーパーのレジで会計が間違っていたので、レシートを持って戻ったことが何度かあるが、「あぁ、はい」と打ち直して返金してくれるだけで、「申し訳ありません」などと謝罪されたことはない。友人は、少し普通に使っただけで壊れた商品を不良品だと思い返品に行ったところ、「なんでこんな使い方をしたんですか!」と店員さんに怒られたそうだ。

愛想がないだけならまだしも、ドイツ人の間でも悪名高い役所の職員には、こちらのことを人間と思っていないんじゃないか、と思うほどぶっきらぼうな態度の人がいる。何もしなくてもお客さん(住民)が手続きにくる、つまり仕事が増えるわけで、確かにまた来てくれるように愛想良くする必要はないのだが、あまりに嫌そうに対応されると、さすがに不快である。

大きなコンクリートの建物
私がベルリンで住んでいる地区の住民局の建物

上下関係において

上下関係は、どの社会においてもつきもの。ただしドイツの大学では、別の記事でも書いたように、学年という概念がないし、学生の年齢層も幅広いので、先輩・後輩の関係はない。

就職してからは、もちろん周りとの距離感に気をつける必要がある。上司と部下など、立場の違いがはっきりしている場合も多いし、利害関係も絡んでくると、誰とでも本当に対等でいるということは難しい。それでも、日本と比べてドイツの職場はフラットだと思う。

ドイツ語には敬称親称(日本語の敬語と友達言葉に相当)があるが、私の現在の職場は20〜30代の若い人がほとんどなので、上司も部下も関係なく、親称で話している。以前いた南ドイツの会社では、役職者とはお互いに敬称で話したが、同僚とは親称だった。

言葉遣いだけではなく、何が日本と大きく違うかというと、ドイツでは上司に意見することが普通。もちろん上に立つ人のタイプにもよるが、多くの場合は、実際に業務にあたっている人からの声というのは上部からも大事にされ、オープンに改善点を話し合っていく。

何年間かドイツに駐在していた自衛官の日本人男性は、上司と自由に議論できるこちらの雰囲気に慣れてしまい、帰国してから「あれ、上司に意見を言ってるの、自分だけ?」と浮いてしまっていることにはっとしたそうだ。

また、ドイツでは優秀な人ほど早く帰るものと思われているので、上司がまだ残っていようと、部下は自由に先に帰る。残業していると、能率が悪いと思われて、むしろ評価が低くなる。

日本との違い

ドイツ人が大事にする『対等さ』というのは、職場ではよい方面に作用していると思うのだが、お店などでサービスを受ける側からすると、むっとするような場面もある。しかし、働いている側からすれば、確かにストレスやプレッシャーは少ない

私の現在の職場でも、時間帯によっては受付に人が殺到するのだが、こちらのスタッフの数には限りがあるわけで、順々に対応していくしかない。後ろに並んでいる人を長い時間待たせることになっても、同僚たちは謝ることはしない。こちらも忙しいので、ただ仕方がないのである。

私のベルリンの友人に、長年ドイツの介護施設で介護職を勤めた日本人女性(現在はドイツに帰化)がいる。彼女は日本の介護施設を訪れる機会があった際、「私はここでは働けない」と思ったそうだ。

介護する側が優しすぎるの。何を言われても嫌な顔をせずやってあげなきゃいけないなんて、すごいストレス!

ドイツでは、介護される側が無理難題を言ったり、意地悪なことをしたりすると、介護する側も我慢せずに反論するとのこと。介護される側が上の立場に据えられている日本と違って、あくまで対等な関係なのである。

サービスを受けるお年寄りからすれば、もちろんお客様のように扱われる日本の方がよいだろうが、介護する側のストレスをどこで発散させればよいのか。介護施設での虐待などという不穏なニュースが聞かれる日本…。もしかしたら、サービスの場における対等の精神を、少し取り入れてもよいのかもしれない。

コメント

  1. もこ より:

    いつも楽しく読ませていただいています!

    日本のサービスの良さに衝撃を受ける外国人が多いと聞いたことがありますが、同時にストレス社会の裏返しでもあるかと思います。
    私も介護関係の職場に勤めていましたが、何よりもお客様優先で、クレーム対応としてまずは謝ること、クレームはサービス向上の糧と受け取り感謝することと社員教育されました。
    ちょっと過剰すぎると今では感じますが、勤めていた当時はそれが当たり前と思っておりました…。
    日本のサービスは、やや行き過ぎなのかもしれません。

    • Aki Aki より:

      コメントありがとうございます!
      どんな理不尽なクレームであっても、「まずは謝ること」「感謝すること」というのは、働き手にとってストレスに違いありません。
      一方で、謝られれば、クレーマーの気持ちも少し落ち着く可能性があるので、心理学的に(?)間違ってもいないのかも。

      確かに日本のサービスは過剰ですよね。
      ドイツで暮らしていると、「こんなの日本ではありえない」という適当なサービスにしょっちゅう出くわしますが、サービスする側に無理を強いていないという点では、フェアな気もしています。

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