英国=イングランド、ではない
日本で「イギリス」や「英国」と聞くと、首都ロンドンが位置するイングランドのイメージが先行すると思う。実際にはイギリスの正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」と長く、歴史的に別々の国だったイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドからなる連合王国(United Kingdam)であり、それぞれが強いアイデンティティを持っている。
私は以前のブログ記事でも紹介したとおり、南部にあるイングランドの高校に一年間留学していたものの、北部にあるスコットランドまでは出掛ける機会がなかった。しかし、留学先の現地校で一番優しくしてくれたのがスコットランド人の美術の先生だったので、良い印象だけは持っていた。
イングランド人の生徒たちから「あの先生はスコットランド人だから」と言われ続け、ある意味で私と同じ“外国人”だった先生と知り合ったことで、「イングランドとスコットランドは、実質的に別々の国なんだ」ということも強く実感した。
そして先日、生まれて初めて実際にスコットランドを訪れた。スコットランド人男性とドイツ人女性の結婚式に、私の夫であるベルリーナー・Dと招待してもらったのである。二人は普段は私たちと同じベルリンのアパートで暮らしている隣人で、時々一緒に食事に出掛ける友人でもある。
今回のスコットランド滞在では、普通の旅行よりも現地の人たちと接する時間が長かった。表側に現れている文化的特徴だけではなくて、裏側のメンタリティにも少し触れられた気がしている。
スコットランドの観光地などについては、スコットランド在住の方々のブログを読んでいただくとして、ここではドイツ在住の私の印象に残ったスコットランドの一部をご紹介したい。
独自の文化・言語圏
スコットランドの文化と伝統は独特。私が旅の前に持っていたイメージで言えば、タータン柄、男性が正装として着るキルトスカート、バグパイプ、お菓子のショートブレッド、などだろうか。

私が10代の頃から大好きで聴いているバンドのTravisも、スコットランドのグラスゴー出身です
更に、ドイツ人にスコットランドのイメージを聞いてみると、「ハイキング」という答えが出てくる。流石は英語にもなっているWanderlust(ヴァンダールスト、放浪願望)という言葉を生み出した、ハイキング好きの国民…。ベルリーナー・Dも多分に漏れず、ウェスト・ハイランド・ウェイというスコットランド屈指のハイキングコースを、ドイツ人の友人たちと完歩した経験がある。

さて、そんなイメージを抱えながら、ベルリンから飛行機で2時間ほどかけて、スコットランドの首都であるエディンバラに到着。世界遺産に登録されている石造りの街並みは、特に日が暮れた後、照明でぼんやりと浮き上がるように見える様がなんとも言えず美しい。

連合王国の他の国々とは違う独自の文化を誇りとするスコットランドだが、実は言語も独特で、英語の他にスコットランド・ゲール語も公用語になっている。

スコットランド・ゲール語(Gaelic)は、スコットランド英語では「ゲーリック」ではなく「ガーリック」と発音されるそうです。私は最初、ニンニクの話をしているのかと思いました。笑
スコットランド・ゲール語はアイルランド語(=アイルランド・ゲール語)と近いが、ゲルマン語系の英語とはまったく違う、ケルト語系の言語。スコットランドを旅していて、見慣れない単語や、表記からは発音が想像つかないような地名と出くわしたら、それはおそらくゲール語由来である。
個人的な感想だが、「地名をなんと発音するのかわからない」というのは北海道と近いかもしれない。北海道の地名はアイヌ語に由来するものが多く、「札幌」「長万部」など、漢字を見ただけでは発音が想像つかないものも多い。
結婚式場を5日間貸し切り!
さて、友人たちが結婚式を挙げたのは、エディンバラから車で2時間半くらい北上したハイランド地方にあるLoch Tayの畔のお屋敷。Lochというのは、スコットランド・ゲール語で湖という意味だそうで、つまり「テイ湖」である。

新郎新婦はここを月~金の5日間貸切にしており、30人弱いたゲストにもそれぞれ宿泊できる部屋が割り振られた。全員チェックインは月曜日、結婚式本番は火曜日で、その後は水曜日にチェックアウトする人もいれば金曜日まで残る人もいた。
お屋敷には、暖炉のある広い居間、大きなキッチン、ビリヤード部屋、図書室、屋外ジャグジーまであった。もちろん一歩外に出れば大自然が広がっているので、ハイキングもできるし、何日か滞在していても退屈することはない。

ここでの結婚式の写真はオンラインに載せないという約束になっているので、残念ながら写真で詳しい様子をご紹介できないのだが、スコットランド・アイルランド・ドイツ・オーストリアから集まった新郎新婦の親戚や友人たちに囲まれて、とてもユニークな体験をできた。
数週間前には、新郎新婦から結婚式のプログラムの他に、お屋敷で他のゲストと一緒に数日過ごすにあたっての注意事項が色々と(私たちにはドイツ語で)送られてきたが、「スコットランドのことはスコットランドと呼び、イギリスと一括りにしたり、間違ってイングランドと呼んだりしないこと」とあったのが面白かった。
さて、現地でベルリーナー・Dが一番楽しんでいたのは、結婚式当日にキルトを着ること。男性ゲストの希望者は、事前にサイズを送っておくと、キルト一式を有料でレンタルすることができた。スカート、ジャケット、ベスト、ネクタイ、靴下、靴下の飾り、腰から提げるバッグ、小刀のレプリカ、革靴など、アイテム数が予想以上に多く、YouTubeで着方を説明しているビデオを見ながら、私も手伝ってDに着せていった。

スコットランドでは、タータン登記所に登録されている氏族や家族のタータン柄があるそうで、スコットランド人の新郎の家族は同じ柄のキルトを着ていた。どんな機会にキルトを着るの、と新郎に聞いたところ、

正装だからね、ドイツで言えばスーツを着ていくようなシーンなら、キルトを着ていって大丈夫だよ
という。残念ながら女性にはこれといった伝統衣装はないそうだが、家族のタータン柄のショールを肩から掛けたり、華やかな帽子やヘッドドレスを被ったりしていた。
特に帽子は結婚式に欠かせないそうで、新郎のお母さんは正装用の帽子を7つも持っているそうだ(そう言われてみれば、王室の女性たちも正装ではいつも帽子を被っている)。これはドイツにはない文化である。
羊の内臓、ウイスキー、ハープ
結婚式本番の日は、キルトやワンピースで着飾ったゲストがお昼過ぎにテラスに集まり始め、まずフィンガーフードとシャンパンが振る舞われた。この日は料理人とサービスチームが一日雇われていて、お屋敷のキッチンで全員分の食事を用意してくれた。
フィンガーフードとしては、ハギスをボール状にして揚げた「ハギス・ボンボン」も出された。ハギスとはスコットランドの伝統料理で、羊の胃袋に羊の内臓などを詰めてゆでたり蒸したりした料理。スパイスもきいていて、好き嫌いが分かれる味だと思うが、私はメインでドンっと出されるよりも、こうして前菜で少量を食べるのが美味しいと思った。

この日は6月後半だったにもかかわらず、気温は16度くらい、曇り時々小雨という、天気が不安定なことで定評があるスコットランドらしい空模様。ドイツはすっかり初夏で30度近くあったので、私にとっては急に季節が数ヶ月前に戻ってしまったような感じだった。
それでも、スコットランド人のゲストたちは「今日はそんなに天気が悪くなくてよかった」と口々に言っていた。Dもちょうどよかったそうだ。

キルト一式着ているとかなりあったかいんだ。今日が夏日だったら汗をかくところだったよ
しばらくシャンパンを飲みながらお喋りしていると、やはりキルトで正装した役所の男性が到着したので、お屋敷の広間に並べられた椅子にゲストは着席。新郎新婦が緊張した面持ちで前の方に進み出て、結婚の誓いを交わす式が行われた。新郎はキルト姿、新婦は純白のレースのウェディングドレス姿(ドイツで購入してスコットランドまで運んだそうだ)。
私がスコットランドならではだと思ったのは、一つの銀製の酒杯から、新郎新婦がウイスキーを飲むという儀式。私はちょうど前年、日本で兄夫婦の神前式に参列していたので、日本だと御神酒(おみき)を飲み交わすところだよね…神聖な場でお酒を飲むという伝統が世界中にあるのも面白ければ、所変わればお酒が変わるのも面白い…としみじみ。
役所の男性は強い癖のあるスコットランド英語で、私は全部は理解できなかったのだが、ありがたいお説教のような言葉はなく、この上なくフレンドリーな式の進行だった。常に笑顔で、新郎新婦にもジョークを言って緊張を解してあげつつ、自身も「ワハハハハ」と豪快に笑う。私は日本とドイツでも結婚式に出席したことが何度かあるが、役所の人がこんなに陽気なのは初めてだった。
新郎新婦が互いを伴侶とすることに「Yes」という言葉を交わし、書面にも交代でサインし、キスをする。無事に式が終わった後は、みんなでテラスに出て記念撮影をし、それからウェディングケーキのカットとなった。カフェタイムの後は、歓談、ディナー、ダンスと続く。
大まかな流れとしては、ドイツ(や欧米を模している日本)の結婚式と似た部分も多いが、今回私が感動したのは音楽だった。なんとスコットランド人のハープ奏者が何時間もライブ演奏してくれたのだ。
笑顔が可愛い若い女性で、彼女が休憩している間に私が興味津々で色々質問すると、「ちょっと座って弾いてみますか?誰でもすぐ音を出せる楽器ですから」と、なんと少し手解きしてくれた。

聞いたところ、このタイプのハープを製造したり調弦したりできる人はスコットランド中に数人しかいないそうで、調弦してもらうのも大変だという。それにしても、何時間でもずっと聴いていられる、なんて心地いい音色の楽器なのだろう…。主張が強すぎないので、結婚式のBGMとしてもぴったり。
スコットランドの結婚式にハープ演奏、というのはスタンダードではないと思うが、新郎がこのハープ奏者をオンラインで見つけて依頼したのだそうだ。彼女はタブレット上に数百の楽譜を保存しているといい、「リクエストがあったら教えてくださいね」とニコニコ言ってくれた。
テレビゲーム好きのDが「ファイナルファンタジーの音楽弾けますか」と言うと、もちろん、といくつかテーマ曲をすぐに弾いてくれ、私が日本人だと言ったのを覚えていてくれたらしく、私が広間にいるときはスタジオジブリの曲を弾いてくれた。Dと私はすっかり彼女のファンになってしまったのだった。
そうしてスコットランドでの結婚式と、その後のお屋敷での数日は和やかに過ぎていった。そして、スコットランドの別の場所でも非常にユニークな経験をしたので、後編の記事でご紹介したい。
コメント