ポルトガル〜スペイン巡礼③:250kmを歩き終えて

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国をまたぐ経験

前回の記事では、巡礼の旅の困難と楽しみを紹介した。その他にも、国をまたぐ移動ならではの面白さもある。

私は未だに国境を越えることにワクワクする。様々な国が隣接するヨーロッパで暮らしていると、陸路で外国へ行くことは珍しくなくなるが、これは島国の日本ではありえない体験だ。

ヨーロッパ内は国境コントロールがあるところの方が少ないので、電車やバスで移動していると、いつの間にか隣の国に入っている。目に入る標識の言語が変わったり、携帯電話に入る電波のプロバイダが変わったことで、ようやく気が付くのである。私は直近だとポーランドのワルシャワからベルリンまで特急電車で移動したことがある。

今回の巡礼の旅では、徒歩でポルトガルからスペイン入った。国境にある川にかかったを渡ると、その先がスペインなのだ。

橋の歩道を渡る同居人Dの後ろ姿
『ポルトガルの道』を歩く巡礼者は全員この橋を渡る

一応国境警備の警察がいるのだが、一般の通行者が声を掛けられることはなく、自由に行き来できる。

警察の車が何台も停まっている建物と、『スペイン』の文字が星に囲まれたEUの青い標識
橋を渡り終えると、スペイン語で『スペイン』と書かれたEUの標識が立っている

今回特に面白かったのは、国境を越えたとたんに時間が変わったこと!両国の間には1時間の時差があり、スペインに一歩足を踏み入れると、ポルトガルよりも1時間進んでいる。位置情報を特定して自動的に変更してくれる機器もあると思うが、アナログ時計などは自分で針を進めないといけない。

スペインの方が日の出も日没も遅いということになるので、翌朝はいつも通り6時半(ポルトガル時間で5時半)に出発すると、まだ真っ暗で変な感じだった。

山の向こうに顔を覗かせている太陽と、朝靄の中に影のように立っている教会
スペインで朝8時半くらいに撮った写真。明るくなってしばらく経っても、まだ朝靄が立ちこめている

ところで、巡礼路はポルトガル人とスペイン人だけではなく、他のヨーロッパ人で賑わっていたわけだが、コロナの影響もあるのか日本人は一人も見掛けなかった。キリスト教徒が多い韓国からは普段から多くの巡礼者が訪れるようで、私も数人の韓国人を宿泊所で見掛けた。

(そう思っていたら、前回の記事について、同じくイースター期間に『ポルトガルの道』を歩いていたという日本人の方からコメントをいただいた。もしかしたらお互い気付かないうちに擦れ違っていたのかもしれない)

ポルトガルでもスペインでも、私が日本人とわかると、物珍しさもあるだろうし、元々日本に良いイメージを持ってくれていたのもあるだろう、特に親切にしてくれる現地の人もいた。スペインに入って最初に泊まったトゥイという町の公営の宿泊所では、受付にいた女性が私のパスポートを見て声を上げた。

表紙の写真を撮っていい?趣味で自分のfacebookに色んな国のパスポートの写真を載せているんだけど、日本は初めて

私がもちろんOKしたので写真を撮った後も、この女性は何かと私達のことを気に掛けてくれた。本来は到着順で指定されるベッドも、「場所が気に入らなかったら変えるからね」と言ってくれていたので、実際にその後、広い方の大部屋に移動させてもらったのだった。

巡礼の醍醐味:旅の仲間

巡礼中の生活は単純なサイクルで、朝早くに起きて荷物をまとめて出発し、サンティアゴ・デ・コンポステーラの方向を示す矢印を追ってひたすら歩き、次の宿に到着したら少しゆっくりして食事をし、夜早くに寝る。次の日も、また次の日もその繰り返しである。

野原の前に立っている、黄色いホタテ貝と矢印が書かれた道標
旅の最初の方、ポルトガルで早朝に見た道標。まだゴールまで200㎞以上ある

私は巡礼路をひたすら歩きながら、鉄道や自動車がなかった時代の旅に思いを馳せていた。必要な荷物を背負い、自分の足を動かさないかぎり前に進まず、一歩一歩しか目的地に近づかない。今では“徒歩圏内”といえば30分以下で行ける場所を想定すると思うが、その前は陸続きであればどこまででも徒歩や馬で移動していたわけである。

森の中の巡礼路で、小川を見ながら立ち止まる私の後ろ姿
私が代わりに背負っている巨大なバックパックは、このとき足を痛めていた同居人Dのもの

14世紀のイギリスの詩人チョーサーによる『カンタベリー物語』のように、まさしく巡礼者の話というわけではないけれど、私が歩きながら思い浮かべていたのはJ・R・R・トールキンの『指輪物語』(ロード・オブ・ザ・リング)だった。いつ到着するともわからない旅をしながら、仲間との結束を強めていく。

もしくは『ブレーメンの音楽隊』や『オズの魔法使い』のように、旅の途中で出会った同志を一人一人仲間に加えて、一緒に困難を乗り越えていくというイメージもできる。

そう、旅の仲間という存在は非常に重要である。それはこの巡礼路でも同様で、「サンティアゴ・デ・コンポステーラまで歩き切る」という本来の目的の他に、他の巡礼者との出会いこそが醍醐味だと思った。

無言で黙々と歩くのも、景色を楽しむ余裕のある時はよいのだが、体に疲れが出てきたり、天気が悪かったりすると、時間の流れが急に遅くなって、歩いても歩いても進んでいないような錯覚に襲われる。すると足や肩の痛みに意識がもっと集中してしまう。

自分探しをするために単独で来ている巡礼者でも、「ずっと一人で歩くのはやっぱり退屈だし大変」と言っていた。仲間と楽しい会話をしていれば、疲れもあまり意識せずにすむし、あっという間に時間が経つので歩いた距離もあっという間に伸びていく。

細い巡礼路を並んで歩いている同居人Dと女性の後ろ姿
私とDが2日間一緒に歩いたポーランド出身の女性と

基本的に道が一本しかないということは、毎日歩きながら追い抜いたり追い抜かれたりしているうちに、自然と顔見知りになる巡礼者が増えていく。もちろん巡礼路沿いに住んでいる地元の人もいるわけだが、大きなバックパック、ハイキング用の服装、荷物に付けたホタテ貝などで、巡礼者は一目見てそれとわかる。

お互いに「ブエン・カミーノ!(よい巡礼を!)」と挨拶代わりに声を掛けるのだが、そこから「また会いましたね」と会話が始まり、そのまま数時間一緒に歩くということもよくあった。外国人同士の会話は自然と英語になる。

同じくらいのペースで進んでいる人とは宿泊所でもよく一緒になった。翌朝はそれぞれ好きな時間に出発するのだが、また道の途中で顔を合わせるのである。私とDは歩くペースが遅い方だったので、朝早く出発しても、お昼頃には他の人達に追いつかれることが多かった。

二段ベッドが並ぶ宿泊所の大部屋
ポルトガルで最初に泊まった公営の宿。ここで同室になった巡礼者のほとんどと旅の最後まで交流があった

私は巡礼をするのが初めてだったので、最初は他の巡礼者達との距離の取り方がわからずにいた。仕事や日常生活から離れるためにわざわざ単独で来ている人が多いこともあり、あまり個人的なことを聞くのも悪いかなと気を遣い、会話の糸口を見つけるのが難しかったのだ。おそらく多くの人が同じような感覚だったと思うが、徐々に打ち解けて仲間意識が芽生えていった。

ドイツ人やオーストリア人の20〜30代の若者達は、WhatsApp(ヨーロッパで普及している、日本でいうLINEのようなアプリ)でドイツ語話者のグループを作り、お互いに連絡を取り合うようになった。次の宿泊所の混み具合など、有益な情報交換がされることもある。旅の始めの方ですっかり意気投合し、それから最後までずっと一緒に歩いていたドイツ人の若い男性2人もいた。

巡礼経験者のD曰く、平均的な速度で歩いていれば、最初の宿で一緒になった他の巡礼者達と道すがら何度も顔を合わせ、段々と友情やグループ意識が育っていくものだという。途中で旅程がズレても、最後には終着地のサンティアゴ・デ・コンポステーラで再会できることが多い。

緑が綺麗なポルトガルの村の道路を、ビール瓶とビニール袋を持って歩く若者2人
宿の近くのスーパーでビールを仕入れて戻るDと、仲良くなった巡礼者仲間

もし私達がポルトを出発する日が一日早かったり、一日遅かったりすれば、また全く違う人々と出会ったはずだ。そう考えると、旅先の縁というものはつくづく不思議なものである。

スペインに入ってからの話だが、次の町の公営の宿泊所に泊まるのは難しそうだという情報をベテラン巡礼者から聞いて、私とDは他の巡礼者2人と一般のホステルを探し、4人部屋を予約して泊まったこともある。疲れている中、片言のスペイン語と身振り手振りで食料品を購入し、みんなでホステルのキッチンで料理して食べたことも、振り返れば良い思い出だ。

お皿に盛られた数種類のチーズ、サラミ、オリーブ、パンなど
まずチーズとサラミを摘みながら乾杯。この後にパスタとデザートも食べて満腹

最終的にDと私が特に親しくなり、サンティアゴ・デ・コンポステーラ到着後にも落ち合って一緒に祝った3人は、バラバラな背景を持った人達だった。42歳のオーストリア人の会社員、29歳のデンマーク人の若者、23歳のチェコ人の大学生。3人とも単独で巡礼に来ていたが、歩いている途中や宿泊所でよく顔を合わせ、一緒に休憩したり夜ごはんを食べにいったりしているうちに仲良くなった。みんな英語が流暢である。

サンティアゴ・デ・コンポステーラの旧市街で肩を組んで並ぶ5人の巡礼者
私(161㎝)が異様に小さく見えるのは、隣のチェコ人学生が2m以上あるから…

お互いに連絡先は交換しているものの、巡礼が終わってそれぞれの日常生活に戻ると、なかなかコンタクトを取ることはなくなってしまう。それでも細々と繋がっていたいなと思うし、観光地でもあるベルリンに住んでいるというのはその点便利で、向こうから訪ねてきてくれる可能性も高いので、いつかまた会えればいいなと願っている。

サンティアゴ・デ・コンポステーラに到着!

さて、足の痛みに耐えつつ、雨に降られつつ、出会った仲間と励まし合いつつ、歩き通した巡礼の旅。徒歩だからこそ、周りにある一つ一つのものが目に留まり、匂いや温度も肌で感じられる。ポルトガルとスペインの豊かな自然と、飾らない魅力のある小さな町の雰囲気を満喫できた。

朝日に照らされた森の中を歩くDの後ろ姿と、周りの木々から立ちのぼる靄
初めて見た神秘的な光景。雨が降った翌日の早朝、森の樹木から水蒸気が湯気のように立ちのぼっていた

私達のルートの最終日は、目的地のサンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂に着くまでに、かなり長い間緩やかな登り坂を上っていかなければならない。息を切らしながら街の中心部に入ると、イースター期間中ということもあり、ものすごい人の往来だった。ヨーロッパ中の巡礼路から大勢の巡礼者がここに集結するわけである。

人混みをかき分けるようにして進んでいくと、ついに巨大な大聖堂がそびえる広場に到着する。大聖堂を目にしたとたん、言葉にならない達成感と、急に自覚し押し寄せてきた疲れとで、向かい側にある建物の柱にバックパックを投げ出してもたれかかり、私とDはしばらく放心状態だった。

威厳のある大聖堂と、その前の広場の地面に座り込んだり横たわったりしている大勢の巡礼者
250㎞を歩き通してついに到着。この達成感のために繰り返し巡礼をする人もいるのだろう

大聖堂の中には無料で入ることができ、地下には聖ヤコブの遺骸が入っているとされる墓がある。私達は翌日の正午のミサにも参加したが、すべてスペイン語で行われるため、残念ながらほとんど理解できなかった。

サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂の近くには、巡礼証明書を発行してくれる巡礼者センターがある。歩いた距離も記載された詳細なものは有料だが、単純な証明書は無料。個人的には、スタンプと日付によって、自分が歩いた道が後から見てわかる巡礼者パスがあるのでいいかとも思ったが、せっかくなので証明書も発行してもらうことにした。

現在は事前にオンラインで個人情報を入力し、その後に出てきたQRコードを提示すると巡礼者センターに入ることができる。中は数百人の巡礼者で混み合っていた。整理券をもらい、自分の番号が呼び出される頃に窓口前の列に並んで、順番がきたら巡礼者パスとQRコードの情報をチェックしてもらう。

整理券と巡礼者パス、また窓口前に列を作って待つ巡礼者達
私の整理券番号は0123。コロナ対策で間隔をあけて待つようになっている

窓口では担当の女性がすぐに証明書を出してくれた。Dが前回の巡礼をした4年前は、事前オンライン登録やQRコードはなく、すべて手書きの作業だったそうなので、コロナに後押しされて一気にデジタル化が進んだようだ。

証明書、それを入れる筒、巡礼者パスを持ち、ホタテ貝を首からかけて誇らしげに立っている私
巡礼者センターの中庭で記念撮影。証明書用の水色の筒は2ユーロで購入

最後に、イースター期間ならではの興味深い経験もした。私達が巡礼を終えたのは“聖金曜日”だったが、その日の夜にイースターの行進が行われたのだ。大聖堂から、イエス・キリストの遺骸の像が入ったガラスの棺と、聖母マリアの像が、悲しい音楽に合わせて運び出される。

道の左右で大勢の人が見守る中、キリストの像が入った棺を担いで歩く行進の列
夜9時過ぎにようやく暗くなり、行進が始まる

この行進で練り歩く人達の装束が衝撃的だった。円錐形のとがった帽子に、目しか出ていないマスク、そして足元まである長くゆるやかな衣服。色は何色かあるようだ。実は、サンティアゴ・デ・コンポステーラに到着する前日(つまり“聖木曜日”)に泊まっていたパドロンという町でも、同様の行進を見掛けたのだが、その時は紫色だった。

旗を持って行進する、目しか出ていない白と緑の装束を着た一団
一言で言って、怪しさMAX

私とDは失礼ながら「クー・クラックス・クラン…!?」と声に出して驚いてしまったが、当然ながらアメリカの某団体とは関係がなく、これはスペインのカトリック教徒の伝統的な衣装でカピロテと呼ばれるそうだ。

このようにして、私達の巡礼の旅は無事に終わりを迎え、貴重な経験を分かち合った巡礼者仲間も、それぞれ帰途につくか次の旅先へと散り散りになっていった。

サンティアゴ・デ・コンポステーラの空港からベルリンまでは直行便がないため、私達は往路で利用したポルト空港まで長距離バスで戻ったのだが、11日かけて歩いた距離をなんと4時間弱で到着。なんだかおかしくなってしまったと同時に、時間を掛けた贅沢な旅をできたと実感した。

1000年以上の歴史を持つ巡礼路をひたすら歩くという、昔ながらの旅は、様々な国から集まった様々な背景を持つ人とも知り合える特別な経験でした

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