スプリトでの出会い
ザダルから高速バスで更に南下して着いたのは、一転して規模の大きなスプリト。町自体が観光地であるだけではなく、ここを拠点に他の綺麗な町や島へとアクセスしやすいので、クロアチアに来る観光客は高い確率で訪れるだろう場所だ。私たちもゆっくり3連泊したのだが、ここでも面白い出会いがあったので紹介したい。
某大手予約サイトで予約していたLighthouseというアパートのオーナーとは、スプリト到着前からWhatsAppでコンタクトを取っていた。
WhatsAppは日本でいうLINEのようにヨーロッパで浸透しているサービスだが、相手の携帯電話番号さえわかればメッセージできる(つまりSMSのように使える)。最近では、予約サイトで電話番号を入力しておくと、宿泊先からの連絡がメールではなくWhatsAppで届くことも増えた。
スプリトのクロアチア人オーナーは、私がドイツ在住というのを見てか、いつもドイツ語でメッセージをくれたが、文法がかなり適当な感じだったので、翻訳ソフトを使っているのだろうと勝手に思い込んでいた。
そして私とDがスプリトのアパートに到着し、その旨をメッセージすると、「僕はバイクで15分くらいのところに住んでいるから、今から行くね」とのこと。
しばらくアパートの前で待っていると、バイクで颯爽とやって来たのは、30代後半くらいの明るい男性だった。そして話し始めてビックリしたのだが、まったく癖のない綺麗なドイツ語だったのある。
実は父親がドイツ人なんだ。僕もしばらくベルリンに住んでいたことがあるよ
ということで、本当にドイツ語話者であった。彼自身はスプリトで生まれ育ち、実家だったという建物を数年前に改装して、今はアパートメントホテルとして経営している。両親が所有していた歴史あるこの建物は、文化財保護のため外装には手を付けられなかったので、内部だけ綺麗にリノベーションしたのだという。
何部屋かあるけど、君たちがステイするところは、昔は僕の子ども部屋だったところだね 笑
内装も設備も素晴らしく、立地も便利だったので、もしスプリトに行く予定のある方がいればぜひおすすめ。フレンドリーなオーナーとは初日に会っただけだったが、クロアチアやドイツに関してなど話が盛り上がり、20〜30分は立ち話をしたと思う。やはりドイツ人の宿泊客が多いようで、私たちがたまたま知り合った他のゲストも年配のドイツ人夫婦だった。
滑る旧市街
さて、いよいよスプリトの旧市街に繰り出すと、予想以上に圧倒された。
なんとここは、ローマ帝国時代の宮殿の跡地に人々が住み着いて、更に家を建て発展してきたという、街全体が文化財のような珍しく貴重な場所なのだ。「ディオクレティアヌス宮殿のあるスプリトの歴史的建造物群」としてユネスコの世界遺産にも登録されている。
この優雅な石柱が並ぶ広場は、城壁に囲まれた旧市街、つまり宮殿の中心部にある。宮殿が建設されたのは3世紀末〜4世紀初頭だというが、その技術の高さには驚くばかり。
この街を歩いていて私が感動したのは、1700年という気の遠くなるような年月を経て、石畳の表面がすっかりツルツルになり、足を上げなくてもスケートのように滑って歩けること!
この上を、ローマ帝国時代から始まり、世界史で習った様々な時代の様々な人々が歩いてきたのかも…と思うと、なんだか胸が熱くなった。
歴史好きな人にぜひおすすめの旅先のスプリトだが、郊外にはハイキングコースもある。強い日差しを遮るものがなく、私たちが歩いた5月上旬でもこんがり焼けそうだったので、連日30度を超えるという夏場にはちょっと大変かもしれない。
息を切らしながら山の頂まで登っていくと、スプリトの街並みを一望することができる。青いアドリア海とオレンジ色の屋根のコントラストは、何度見ても美しい。
クロアチア版ケバブを発見?
私の同行人であるベルリーナー・Dがいたく気に入ったものがスプリトにあったので、ご紹介しておく。クロアチアを代表するB級グルメと言えるチェヴァプチチだ。
香辛料をきかせた挽肉を小さなソーセージのように成形し焼いた、ハンバーグのような食べ物で、軽食スタンドではサンドウィッチとしても提供される。
ドイツでいうケバブのような存在でしょうか
単純な食べ物といえばそうなのだが、もっちりしたパンに、アイヴァルというパプリカペーストを塗り、焼きたてのチェヴァプチチと玉ねぎを挟み、チーズもトッピングしてもらったサンドウィッチは、ジューシーで癖になる美味しさ!
クロアチア中で食べられている料理だが、私たちが3泊したスプリトにあった小さな専門店は特に美味しかったようで、すっかりハマってしまったDは3日連続で通っていた。
ついに次が旅行記の最終章!日本人にも大人気の世界遺産の街へ向かいます
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