靴を脱ぐことから見えるドイツ文化

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ドイツ人は家でも靴を脱がない?

日本からベルリンに赴任している同僚と話していたところ、「ずっと不思議に思っていることがあるんですが」と聞かれたテーマがあった。

ドイツ人は家でも靴を履いたままですか?だとしたらどのタイミングで脱ぐんでしょう?お風呂に入る時と寝る時だけ??

確かに私も日本に住んでいた頃は、ヨーロッパが舞台の映画を見るとみんな靴を履いたままだし、それがスタンダードなのかと思っていた。調べてみたところ、確かに昔はそれが一般的だったが、この数十年で徐々に変わってきたようである。

結論から言うと、今はドイツでも靴を脱ぐのが普通です

ところが、日本とまったく同じ習慣というわけではない。日独比較という観点でも面白いテーマなので、この記事では「ドイツの靴を脱ぐ習慣」について掘り下げて考察してみたい。

ドイツの玄関事情

この十年くらいで私がお邪魔したドイツ人の家は20を超えると思うが、基本的にどの家でも入り口で靴を脱いだ。「履いたままでも大丈夫」と言われることは数回あったが、その家の人達を見ると靴を履いていないし、私にとっても脱いでいる方が楽だ。

この習慣の変化は、ドイツで何か生活環境が大きく変わったからというよりは、「家の中では靴を脱いだ方が衛生的」という意識が広まったからのようである。特に赤ちゃんや子どもがいる家では、その方が望ましいのは誰もが納得するところだろう。

私の友人の多くは、家の中では靴下で過ごしていて、冬は足が冷えるのでルームシューズを履いている人もいる。

ところが、日本と決定的に違うことが一つある。それは、「必ずここで靴を脱ぐ」という明確なスペースがないこと。

ドイツでは外からドアを開けたらいきなり廊下や居住空間になる。日本のように、まずは靴を脱ぐためのスペース、つまり『外』と『内』の中間地点があり、一段高いところから居住空間が始まるという風に、境界線がはっきりとはしていない。

ちなみに、他のヨーロッパの国々と同じように、ドイツでは玄関のドアは内側に開きます日本では外側に開くのは、靴を脱ぐスペースの邪魔にならないように、という意味もあるそうです

ドイツでも玄関ドアから中に入ったあたりで靴を脱ぐが、日本のように段差があって白黒はっきりしているわけではないので、この「入ったあたり」というのは曖昧で、一帯がグレーゾーンとなっている。

マットが敷かれたドアと、その横に並べられた靴箱と、靴とスリッパ
左奥が私の家の玄関ドア。このあたりで適当に靴を脱いで横に並べている。右に続いているのは寝室

靴を脱いだらそのまま靴下で同じ床に足をつけることになるため、日本人としてはちょっと抵抗があるかもしれない。私は靴から直接ルームシューズに履き替えるようにしている。広い家だと靴用のマットが敷かれていることがあり、その上で靴を脱ぐようになっているとわかりやすい。

私は一軒家ではなくアパートで暮らしているが、下の階の家族は、玄関に入る前に外で靴を脱ぐ決まりにしているようで、いつも玄関ドアの前には10足くらいの靴が積み重なるように並んでいる。確かに家の中の衛生環境には良いと思うが、アパートの階段付近に並んだ靴が非常時の避難経路の邪魔になるようであれば、管理会社や大家から注意されることもあり得ると思う。

住宅以外でも戸惑う

この、「ここまでは土足可、ここからは土足厳禁」という明確な境界線がないことによる戸惑いは、住宅以外でも感じることがある。

例えば私が通っているバレエ教室。入り口のドアを開けたあたりで靴を脱いで置いておく人もいれば、更衣室まで履いていって着替える際に脱ぐ人もいる。私は衛生的に前者の方がよいと思うので、自分もそうしているが、入り口から更衣室まで数メートルある「靴で歩く人もいれば靴下で歩く人もいるグレーゾーン」を靴下で歩くのは、まったく抵抗がないわけではない。

スタジオ内部が見える廊下の右側にマットがあり、複数の靴が乱雑に脱いで置かれている
バレエ教室のドアを開けたところ。正面がスタジオで、左側に進むと更衣室がある

少し違うケースだが、病院でも戸惑うことがある。整形外科や産婦人科で下の服を脱がないといけない時には、靴も脱ぐことになるが、脱衣スペース(そもそもそんなスペースがないこともある)から診察台まで靴下や裸足で歩かなければならない。これも数メートルの話ではあるが、日本だったら専用のスリッパが用意されていそうな場面だ。

同様に、洋服を買いにお店に行くと、試着スペースは単にカーテンなどで仕切られているだけで、靴を脱いで上がるようにはなっていない。

カーテンで目隠しをできる個室が4つ並んでいるが、段差はなくフロアがそのまま繋がっている
ベルリンのチャリティーショップにて。トップスはよいが、ボトムスの試着をするときはちょっと困る

ドイツ人は気にせず靴下になって試着しているが、日本人としては床にそのまま足をつけるのは躊躇われるところ。

一方で日本に行くと、トイレにも着替え台(チェンジングボード)が設置されていることにびっくり

ウチとソトの意識

こうして考えてみると、ドイツでは、靴で歩く人がいる場所でも、少しの距離だったら靴下や裸足で歩くことに抵抗のない人が多い。家でも靴下やルームシューズのままベランダに出ることは普通だし、私の同居人のベルリーナー・D は実家に行くと靴下のまま芝生の庭にも出てしまう。

ドイツが誇る靴メーカー・ビルケンシュトックのサンダルのように、外履きとしても通用するルームシューズならともかく、個人的には靴下や布製のルームシューズで庭に出るのはかなり抵抗があるが…。

テラスでおなかを出して気持ちよさそうに寝ている猫と、その先の芝生で寝ている犬
Dの実家の素敵なテラスと庭。天気の良い日はペットの猫と犬も外で日向ぼっこ

ここまで色々な例を出してきたが、日本との違いの根底にあるものを考えてみると、社会学や民俗学のコンテクストでも語られる『ウチとソト』という意識がドイツでは希薄なのだと思う。それはつまり、家の中は清浄で、外は不浄と半ば無意識に感じているということでもある。

元々は家の中でも靴を履いていた文化を持つドイツでは、この境界線が曖昧だ。それは靴をめぐる場面以外でも感じることがある。例えば、外で地面に置いていたリュックサックを、家で椅子やテーブルの上に置くことに抵抗がないドイツ人も多い。

一方で、家の中では靴ではなくスリッパやルームシューズを履く人が両国で増えているということだけ考えると、日本とドイツの生活習慣が、元々は靴下か素足、元々は靴、という別の方向から、お互いに近寄ってきたようにも思われる。日本人が家の中でスリッパを履くようになったのは、フローリングが一般的になり、椅子に座るようになった西洋化の影響だろう。畳の上で生活していた時代ではスリッパは不要だったからだ。

ドイツ人の靴へのこだわり

さて、私がドイツで靴を脱ぐのは、基本的に家やバレエ教室に入るときだけである。しかし日本に一時帰国すると、お寺に行ったり、お蕎麦屋さんで座敷に通されたりと、一日に何度も脱いだり履いたりする場面がある。ドイツでは何も考えないが、日本では靴下に穴が開いていたり服との組み合わせが変だったりしないよう気を付けなければ、とハッとする。私の同居人Dは、

日本は脱ぎやすい靴で行かなきゃいけないね。毎回毎回靴ひもを結ぶのは大変だから

と言っていたが、確かに日本人の靴選びでは着脱のしやすさは大事な要素である。

あまり靴を脱ぐシーンがないドイツ人にとっては、長く履いていても疲れない靴、という方に重点があると思う。おしゃれに疎いと思われているドイツ人だが、実は靴にはこだわりがある人が多く、世界的に知られた靴メーカーが幾つもある。足の健康を重視したコンフォートシューズの種類が豊富で、服はほとんど日本で調達している私も、靴はドイツの方が楽なものが見つかる。

従来ドイツでは、足先までがトータルコーディネートで、改まった場面ではきちんとした靴を履くべき、とも考えられていたようだ。私がハイデルベルク大学で授業を受けていたドイツ人の先生は、偶然にも奥様が日本人だったが、「妻の両親に結婚の挨拶に行ったとき、スーツを着ていたのですが、日本の家では靴を脱ぐので、スーツに靴下という自分の姿がとても変な感じでした」と話していたのが印象に残っている。

ところで、ドイツ人の友人と一緒に靴を買いにいったことが何度かあるが、そこでも「靴下やルームシューズで庭に出る」ような何とも言い難い抵抗を感じた。というのも、手の平の上に靴をのせて見定めていたからだ。確かに靴売り場に置いてある靴は路上で履かれたものではないが、試着する床はお客さんが土足で歩いている場所だし、あまり綺麗なものとは思えないが…。

日本人からすると、靴は完全に『ソト』のもので、『ウチ』に入れたりむやみに触ったりしたくないですが、ドイツでは感覚が違うことがわかりますね

コメント

  1. 浜須ホイ より:

    ドイツ舞姫様、お疲れ様です。

    日独で靴を脱ぐことの様式も違う様子ですね。
    日本人にとっては、玄関の内側には靴を脱ぐスペースがないと戸惑いそうです。日本の家やアパートもたいてい大なり小なり土間があって、そこで脱ぎますからね。
    それとご存知のように靴を脱ぐスペースには大概下駄箱がありますが、それもないのでしょうか。もしかすると写真の真ん中上にあるロッカー風のがそれでしょうか?

    アパートの住人さんがドアの外に靴を置くのも、無くならないと信頼されているからでしょうが、それでも不安な気がしました。

    土間風の玄関と違って、靴脱ぎスペースつまり内外の区分けがないことの利点?は段差があまりないことでしょうか。高齢者や車いすの人にとってはその方が善さそうですね。

    ドイツでは内と外をあまり区別していないそうですが、感染症とか何とか菌の中毒が起きることもあるのでは?と思うと衛生の面で少し心配に写りました。

    ドイツの靴は専門店では、洋服でいうオーダーメイドの仕立て屋さん、マイスターがいるというのを聞いたことがあります。

    靴専門店、生卵、お疲れ様という日本風挨拶、などについて記事になりそうでしたらまた教えてください。

    ではまたいつか。

    • Aki Aki より:

      こんにちは、いつもコメントありがとうございます!

      ドイツでは靴を入れる棚は元々ないことがほとんどですが、家具屋で買って設置している家も多いです。
      ご指摘のとおり、私のアパートの玄関にも、IKEAで買った白い薄型の棚があります。

      確かに、段差がないということはバリアフリーでもありますね!貴重な気付きです。

      ドイツでは日本のように「外から中に入ったらまず手洗い」という習慣が浸透していなかった印象でしたが、コロナ以降変わってきました。

      おっしゃるとおり、ドイツには靴職人のマイスターがいます。健康は足元から、と靴を大事にしている人も多いです。
      生卵を食べることや「お疲れさま」と言うことも、日独の面白い違いですね。いつか記事に書きたいと思います。リスエストありがとうございます!

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