カルチャーショック
ドイツで暮らしていて、日本とは全然違うなぁと思う側面の一つは、彼氏・彼女という存在に対するオープンさと、周囲の扱いである。そこには結婚という区切りの捉え方の差がある。
私が初めてドイツを訪れたのは、16歳の時だった。イギリスの高校で仲良くなったドイツ人Cの実家に、日本人の親友と一緒に1週間ほど泊めてもらったのだが、着いてみると、Cの彼氏Jもそこにいて、Cのお母さんが言った。
今日はJもここに泊まるから、Cの部屋で4人で寝てね
……ん?!と私と親友の女の子は目を丸くした。彼氏も泊まってOKなの?というか、一緒に寝るの??
もちろん何も心配するようなことはなく、CとJ、私と親友がそれぞれ大きめのベッドをシェアして眠った。みんな同い年だったので、気分は小規模な修学旅行のようなものである。
今となっては何とも思わないのだが、このエピソードは、16歳の私にとってはある種のカルチャーショックだった。まだCと付き合い始めて数週間か数ヶ月だったJを、家族みんなが家族の一員のように扱っている様子が、彼氏・彼女のことは家族には言いにくい風潮のある日本とは真逆に思えて、新鮮だったのだ。
家族・友達公認
ドイツでは、彼氏や彼女ができると、まず家族と仲の良い友達に紹介することがごく普通である。結婚を前提で付き合っているといったわけではなくても、自分にとってその時一番くらいに近しい存在なのだから、実家に連れていったり友達の輪に入れたりするのは自然だと思われている。
親や兄弟姉妹も、家族の一員のように招き入れる。クリスマスや、家族の誕生日などのイベントがあれば、彼氏・彼女も招待するのが普通である。
これは交友関係の中でも同様で、ドイツではカップルはまさしく“ペア”で、2人で1つだと思って良い。何かあれば2人で出掛けるし、そもそも招待する側も一緒に呼ぶ。私も、誰かと付き合っている友人とは、一対一で会うことは滅多になくて、大抵はその彼氏・彼女も一緒に来ることに慣れている。
面白いことに、ドイツ語では「カップル」も「ペア(一対)」も同じ単語で、Paarといいます。英語でもcoupleとpairがほぼ同義ですね
この流れで少し脱線して、ドイツ語の豆知識を。
既習者の方は頷いてくれると思うが、そもそもこの「彼氏」「彼女」という表現も、ドイツ語ではかなり曲者である。というのも、英語のboyfriend・girlfriendに相当する単語がなく、「友達」を意味するFreund・Freundinを使うからだ。
ではどうやって、彼氏・彼女の話をしているのか、男友達・女友達の話をしているのか判断するのかというと、「mein Freund」「meine Freundin」のように、基本的には所有冠詞を付けると前者の意味になる(mein・meineは英語のmy)。所有冠詞の後にfester・feste(英語のsteady)を付けると、決まった恋人であることが更にはっきりする。
長年一緒にいる相手で、事実婚のような関係であれば、「mein Partner」「meine Partnerin」のように「パートナー」と言うこともある。私が好きなのは、やや堅い言葉だが「mein Lebensgefährte」「meine Lebensgefährtin」で、「人生の連れ合い」というようなニュアンス。
一方で、男友達・女友達だとはっきりさせたい場合には、「ein Freund von mir」「eine Freundin von mir」(英語のa friend of mine)と言うか、不定冠詞の後にguter・gute(英語のgood)を付けると、「良い友達」という意味になるので、誤解を避けられる。
冠婚葬祭でも…
さて、彼氏・彼女を家族の一員のように扱うのは、もっとフォーマルな場でも同じである。
先日、仲良くしているドイツ人家族のお父さんが他界された。告別式への招待状を受け取ると、身内の名前として、お母さんと、娘3人と、上の娘2人の結婚相手(つまり義理の息子)はもちろん、末娘の彼氏の名前も一緒に並べられていた。ちなみにこの彼氏というのは、付き合い始めて1年くらい、しかもアメリカ在住なので遠距離恋愛である。
結婚式に親戚や親しい友人を呼ぶときにも、その人に彼氏・彼女がいれば一緒に招待するのが普通で、婚姻関係にあるかどうかは問題にならない。ドイツ人の友人の結婚式に呼ばれたとき、参列者の多さに驚いたのだが、これもその一因なのかもしれない。
これはフランス人の友人との会話だが、私が「日本の結婚式だと、親戚や友達の旦那さん・奥さんは招待するだろうけど、結婚していない彼氏・彼女は呼ばないだろうな…婚約者なら違うかもしれないけど…」と言うと、
日本って変な国だね!フランスでも、彼氏・彼女も一緒に招待するの、普通だよ
とのことだったので、ドイツと同じ感覚のようである。
他人と身内の境目
こういったドイツの習慣から考えてみると、ドイツでは『彼氏・彼女=身内』であり、結婚していない限りは他人とみなす日本との違いが対比的に浮かび上がってくる。
もちろん日本の家庭も千差万別で、10代の頃から子どもが彼氏・彼女を親に紹介するところもあるだろうが、例えばドイツのクリスマスのように、お正月に両家を行き来するかと言われると、それは結婚してからということがほとんどだろう。日本では、他人と身内の境目には、はっきりと結婚が位置している。
どうしてドイツではこの境目が曖昧、もしくは存在していないのだろう?それには、そもそも結婚というものにこだわりがない人が増えていることも影響していると思う。私の周りでも、もう何年もずっと一緒に暮らしているのに、結婚しないカップルが何組もいる。
何人かにその理由を(失礼にならない程度に)聞いてみたが、もともと相手の家族に身内のように扱われるドイツでは、結婚して変わることといえば、税金の面で多少優遇されることぐらいだという。夫婦別姓やダブルネームも可能なので、必ずしも名前が変わるわけでもない。
何より、結婚しようと思うと、お金かかるからねぇ…
というのは、今は結婚して2児の母の友人談である。彼女は学生時代からずっと付き合っていた男性がいて、もちろん家族同然だったのだが、「結婚式にはお金も時間もかかるし、特に結婚しないといけない理由もないし」と一緒に暮らしていただけだった。そのうちに1人目の子どもができて、やっぱり子どもがいると結婚していた方が事務的に色々楽だね、という話になり、ごく簡単な結婚式を挙げることにしたそうだ。
ドイツは日本と比べて離婚率が高いので(40パーセントを超える年もある)、結婚にあまり夢を見ておらず、慎重な人が多いのもあるだろう。
日本との違い
ドイツで恋愛関係と夫婦関係の扱いにあまり差がないのは、家族と友達の間だけではない。ドイツの企業のファミリーデー(会社の敷地を開放するイベント)でも、「家族・パートナーをお連れください」とかなりオープンに招待している。
私がドイツ企業の日本法人の総務部で働いていた頃、本社から赴任してきたドイツ人男女2人の住所を見たところ全く同じで、「ん?」と思っていると、「結婚していないので姓は違うけど、パートナーなんです」と説明されることが何度かあった。つまり本社は、どちらかの日本赴任が決まったので、そのパートナーにも仕事を見つけて一緒に送り出したわけである。日本だったら、婚姻関係にある配偶者でないと、こういった優遇は不可能だろう。
結婚という節目を大事にして、これから身内になる恋人を親に紹介するのも婚約したときに、という日本の習慣を否定するつもりはない。ただ個人的には、彼氏・彼女を家族の中に招き入れるドイツの文化の方が素敵だなと思う。たとえば自分が親だったら、子どもがどんな人を好きになって付き合っているのか、友達関係以上に興味を持つだろうし、早く会ってみたいと思うに違いない。
一方で、娘を持つ母親から、「私はあの子の前の彼氏の方が気に入ってたんだけどねぇ…」という残念そうな声を聞くこともあります。笑
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