10人に1人以上が…
私が日本とドイツを行き来するようになった高校時代以降、ドイツの友人たちが日本旅行のついでに私の実家に遊びに来るようになった。すると、料理担当の母を悩ませる問題が時々発生した。ベジタリアンの人がいると、日本の家庭料理のレパートリーが一気に制限されるのである。
ベジタリアンは肉や魚介類を食べない。ということは、そもそも一般の出汁(ダシ)がNGである。市販のお好み焼きソースなども、よく見ると肉が入っている。結局私の母は、野菜の天ぷらや麺類を多く作ってくれた。冷奴やほうれん草のお浸しといった副菜も、鰹節をトッピングしなければ食べられる。
不幸中の幸いだったのは、まだヴィ―ガン(完全菜食主義者)の友人が訪ねてきていないことだ。ヴィ―ガンだと、肉や魚だけではなく、卵・乳製品・蜂蜜なども食べない。あらゆる動物性食品を避けるとすれば、日本で食べられるのは精進料理くらいになってしまうだろう。
私は日本でベジタリアンやヴィ―ガンの人と出会ったことは数えるほどしかないが、ドイツではごく普通である。あるアンケート調査によれば、ドイツでベジタリアンかヴィ―ガンを自称する人は12%に及び、世界的に見てもかなり高い割合だ。

一方で、ドイツではあらゆる年代と性別にベジタリアンやヴィ―ガンが均等に分布しているかというと、そうではない。上記の調査によれば、30歳未満では全体の15パーセントがベジタリアンだったが、60歳以上では6パーセントに留まったという。そして男性よりも女性の方が多いという結果になっている。
個人的な実感としても、ベジタリアンやヴィ―ガンのレストランの客層は若く、どちらかと言えば女性が多いイメージだ。両親はそうではないが、学校の仲間から影響を受けてベジタリアンになったという若者の話もよく聞く。
肉食の国でなぜ?
ドイツの代表的な食べ物といえば「ソーセージ」というイメージが持たれているように(実際にはソーセージはそれほど日常的に食べられていないのだが)、この国の食文化において肉料理は欠かすことができない。例えばクリスマスには鵞鳥を食べるのが定番だし、イースターの日曜日にはよくラムが食べられる。

クリスマスは、夫であるDの祖父母の家に泊まる慣例になっているが、彼らはやはりご馳走イコール肉、という世代である。昼食にも肉料理、夕食にも肉料理が出されるので、何でも食べる私もだんだんと胃が苦しくなってくる(朝食にはパンの他にハムやパテ、チーズを出されるが、つい肉は避けてチーズだけ食べてしまう…)。
そんな国において、どうして肉や魚介類を食べないのか、周りにいるベジタリアンのドイツ人に聞いてみた。ほとんどの人は、食物アレルギーなどではなく、「信条として」「生活スタイルとして」、自由意志でベジタリアンやヴィ―ガンを選択している。よく挙げられるのは、動物愛護の観点、環境保全のため、健康上の理由などである。
友人たちの答えとしては、「両親がベジタリアンで、生まれた時から肉や魚を食べる習慣がない」という人、「肌荒れがひどくて、脂っこいものを食事から徐々に減らしていくうちに、ベジタリアンを経てヴィ―ガンになり、今はとても調子がいい」という人、「もともとベジタリアンに共感するところがあって、20歳の誕生日に、自分へのチャレンジ的にベジタリアンになると宣言したら、意外に続いてもう十年以上経つ」という人など様々である。
大学院で脳科学と心理学を研究していた友人は、「もともとベジタリアンだったが、研究で使う鳩の世話をするようになってから、人間のために働かせるのが申し訳なくなり、卵も食べないヴィ―ガンになった」そうだ。
ベジタリアンとヴィ―ガンの間は意外と流動的である。もともとヴィ―ガンだったドイツ人男性の友人は、イタリア人の彼女ができてから、乳製品や卵を避けるのが難しくなったというので(確かにイタリアに遊びに行ってもピザも食べられないというのはツラい)、ベジタリアンになったそうだ。他のドイツ人女性は、出産する前、ヴィ―ガンよりも妊娠しやすいという話を聞いて、一時的にベジタリアンになっていた。
あとドイツで時々いるのは「ペスカタリアン」。肉は食べないが魚介類は食べるというタイプの人で、それなら日本に行く機会があってもあまり困らないだろうなと思う。
ヴィ―ガンが流行りのベルリン
ドイツのスーパーで売られている食品には、ベジタリアンかヴィ―ガンのマークがわかりやすいように付いているし、どのレストランに行ってもベジタリアン用のメニューがある。マクドナルドのハンバーガーも、IKEAのホットドックも、ベジタリアン用が用意されている。同時に高級レストランでも、メニューはすべてベジタリアン(ヴィ―ガン対応も可)というお店もある。

ドイツでベジタリアンメニューが豊富なのは以前からだが、特にヴィ―ガンの若者が増えているベルリンでは、メニューがすべてヴィ―ガンというレストランやカフェも色々とある。大人気のドーナツのチェーンも全商品ヴィ―ガンだ。
最近、ベルリンの有名ホテルにアフタヌーンティーをしに行ったところ、ヴィ―ガン用アフタヌーンティーも選択できるようになっていて驚いた。でも私と友人は乳製品を使った従来のものを注文。

ベジタリアンと非ベジタリアンの関係
ベジタリアンやヴィ―ガンの人が、何でも食べる人を非難したり、信条を押し付けたりすることがあるかというと、個人的にそういった経験は一度もなく、平和に共存している。私の友人のドイツ人たちも、4人に1人くらいはベジタリアンだと思うが、一緒に食事に行っても各自が好きなものを注文するだけだ。
ある友人の家庭では、40代の母親はベジタリアン、40代の父親と子どもたちは非ベジタリアンである。料理は基本的にまずベジタリアンも食べれるものを作り(例えば炒めたじゃがいもとサラダ)、メインディッシュを別にする(例えば焼いたチーズと、焼いた肉)など工夫している。
少し気を遣うのは、ドイツで暮らしているとその機会が多いのだが、持ち寄りパーティーに呼ばれたとき。参加者にベジタリアンやヴィ―ガンが多そうであれば、誰でも食べられるものを考えて持っていかなければならない。

私とDがよく用意するのは、フムス(ひよこ豆のペースト)と野菜スティックです。あと餡子を使った和菓子もヴィ―ガンなので喜ばれます

私自身は肉も魚介類も好きだが、たっぷり野菜を食べたい気分のときなど、レストランでベジタリアンメニューを頼むこともよくある。これからドイツを旅する予定のある方は、野菜不足になりがちな旅行中、ベジタリアンやヴィ―ガンのメニューもぜひ試してみてほしい。
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