学んだ教訓:荷物・靴・雨具
前回の記事では、徒歩での巡礼の仕組みや宿泊所の様子を紹介した。
私も同行人のDも普段からよく歩くし、定期的にスポーツをしていて、体力には自信がある方だ。一日に25 kmくらい大したことないと高を括っていたのだが、そう簡単ではないことを巡礼初日から実感した。一番の問題は荷物と靴だった。
私は10キロほどのバックパックを背負っていたが、朝の元気なうちはいいものの、数時間すると肩に食い込むように重く感じ、上半身の骨が痛くなってくる。寝袋、小さなケースに入れたシャンプー類、パジャマ、タオルといった必要最低限のものの他に、色んな気候に対応できるようにとタイプの違う衣類を詰めていたのだが、これが意外に重かった。
私が巡礼で学んだ教訓その一は、「荷物は軽ければ軽いほどよい」!なくて困ったら現地で買えるものも多いし、迷ったものは持っていかない方が賢明だ。バックパックの旅に慣れた巡礼者には、毎日手洗いすることを前提に服・下着・靴下も2セットしか持ってきておらず、荷物が5〜6キロしかないという賢い人もいた。
そして荷物のせいで体重の掛け方が変わるのか、足への負担がいつもよりはるかに大きく、履きなれた靴であってもマメや水ぶくれだらけになり、出血もした。一箇所だけ靴擦れしても痛くて歩きにくいことは誰もが経験していると思うが、足の指や付け根全体が痛んでいる状態を想像していただきたい。
私達は4日目くらいに「全身が痛むし、一歩一歩が苦痛」という状態になり、絆創膏だらけの足でのろのろ歩きながら、「なんで休暇中にこんな苦行をしているんだろう」と真剣に思った。Dは出発前から、
僕は2回この巡礼路を歩いてみて、どちらも素晴らしい経験だったけど、絶対どこかで「もう嫌だ」って思うタイミングがくるんだよね…
と言っていたのだが、これは本当だったわけである。幸い、一度ピークを迎えた痛みはその後段々よくなっていった。上半身が重い荷物を支えることに慣れてきたのと、靴を変えたことが大きい。
私達は最初、防水加工でがっしりしたハイキング用シューズを履いていたのだが、あまりに足が痛くなったので、ポルトなどの街中で履くために持ってきていた普段履きの軽い靴に変えた。やはり一日中歩くと痛くなるものの、ハイキング用シューズよりはだいぶ楽だった。
この巡礼で学んだ教訓その二は、「軽くて楽な靴が一番」!特にポルトガルからのルートは、勾配の少ない道がほとんどなので、雨が降っても大丈夫なものであれば、普通のスニーカーでも歩けるくらいだと思う。
そして、雨も厄介である。気候のよい時期を選んで行っても、2週間歩いていれば、もちろん雨に降られることもある。私達は通り雨に数回あたったのと、1日だけ朝から夕方まで本降りの日があった。視界も足元も悪くなるし、肌寒いし、歩くスピードも落ちるのだが、レインジャケットにレインパンツを着て、バックパックにはレインカバーを掛け、雨の中を意地で歩き通した。
宿に着いた時には、レインウェアを着ていたにもかかわらずTシャツや靴下まで濡れていたし、何よりショックだったのは、バックパックまでびしょ濡れになっていたこと!背中側から浸み込んだり、レインカバーを通過してしまった雨が、荷物の中まで入り込んでいた。ひとまず中身を全部取り出してベッドの上に広げたものの、濡れた衣類などが乾くまでには2晩必要だった。
そしてなんと、私は寝袋まで濡れてしまっていた。寝る時間になってもまったく乾いておらず、中に入ると「びちょっ」として、体温を奪われるし何とも不快である。あぁ冷たい…と思いながらも、冬ではなかったことと、雨の中を一日歩いて疲弊していたことが幸いし、少しすると寝付けたのだった。それでも濡れた寝袋で眠るというのは、もう二度としたくない経験であることは間違いない。
この巡礼で学んだ教訓その三は、「雨具も大事」!バックパックの上からすっぽりと羽織れる、ハイキング用のちゃんとしたポンチョがあれば、心強かったに違いない。
無理をしない方法
天候に左右される他に、徒歩の旅では、健康であることが前提となる。もし体調を崩してしまったり、足を怪我してしまったりしたら、どうすればよいのだろうか。
実際のところ、部分的にバスやタクシー、電車を利用しても大丈夫。移動手段を細かくチェックされることはないし、経由した町でスタンプを集めていれば、最終的に巡礼終了の証明書をもらうのに支障はない。「歩き通したい」という自分のこだわりとさえ折り合いがつけば、無理をする必要はないのである。
私が知り合った巡礼者の中にも、足が痛くて歩けなくなり、宿泊所までタクシーを拾った人や、調子が悪くなって途中はバスで移動した人などがいた。熱を出してしまい同じ町に2泊した仲間もいたが、公営の宿泊所には連泊できない決まりになっているので、2日目は一般の宿を探すことになる。
巡礼は長期戦なので、体調に気を配って無理をしない、ということは本当に重要だ。私達は一番長かった日で32 kmを歩いたが、結論から言うと、30 km以上歩くのはお勧めできない。朝6時半くらいに出発し、休憩3回を挟んで、目的地に到着したのは夕方6時くらいだった。最後は疲れと足の痛みで、どんどん歩くスピードが落ちていく。
無理をしない、巡礼を楽しむ、という点に関して、オープンだったのはスペインの人達である。ポルトガルから国境を越えてスペインに入ると、ほとんど荷物を持っていない超・軽装の巡礼者が一気に増えたのだが、実は彼らは「荷物の配送サービス」を利用していた。
事前にオンラインで業者を見つけ、出発地の宿と目的地の宿を入力すると、車で荷物をピックアップして運んでおいてくれる。荷物だけタクシーで先に移動させるイメージだろうか。料金は1回5〜10ユーロとのことで、重いバックパックを担いで歩かなくていい快適さを考えると、決して高くはないと思う。
時間と心に余裕を
身体的だけではなく、精神的な余裕を持つことも大事である。巡礼路で出会ったドイツ人女性に「今日はどの町が目標?」と聞いたところ、
目標はないの。歩けるところまで歩いて、もう今日はここでいいなと思った場所で泊まるのよ
とのことで、私はうらやましく思った。本来はそうやって、日程に縛られることなく、その時の気分と体調に合わせてマイペースに歩くのが一番に違いない。
この女性のように、期間をきっちり決めないで巡礼しているというヨーロッパ人は意外に多かった。定年退職した人をはじめ、新しい仕事を始める前に数ヶ月の自由時間がある人や、サバティカル(自己研鑽などを目的とした長期休暇制度)で会社を半年間休んでいる人などがいた。片道のフライトでポルトガルないしスペインまで来ており、帰りはまた巡礼が終わる頃に考えて予約するそうだが、まっすぐ帰国せずに他の国に寄るかもしれないとも言う人もいた。
一方で私とDは、職場から休暇を取れたのが2週間だったので、往復のフライトを同時に予約していた。そして計画好きな“ドイツ人”らしく、行程表をエクセルで作成して、毎日どこからどこまで歩くかを事前に決めてあった。まずポルトで2泊して、普通に観光を楽しんでから、11日かけてサンティアゴ・デ・コンポステーラまで歩く。そしてまた2泊ゆっくりしてからベルリンへ帰る、という旅程だ。
つまり用意周到ではあったのだが、途中で大きく予定を変えられる柔軟性はなかった。後から考えれば、1日くらいバッファーを作っておくと、想定外の悪天候など何かあった時に安心だっただろうと思う。
ちゃんと行程を決めないまま現地に行って大丈夫なものなのか、と心配になる人もいるかもしれない。でも、基本的に道に迷うことはないし、こだわりがなければ宿もどこかしら見つかるものである。そして今は、ほとんどの巡礼者が持ってきている紙のガイドブックさえなくても、スマホで何でも調べられる時代だ。
多くの人が利用していたのがCamino Ninja Appという無料アプリで(なぜ忍者?と日本人からすると突っ込みたくなる名前)、これが本当に素晴らしい。マップ機能はもちろん、宿泊施設が開いているかや、次に休憩できる場所までの距離など、およそ巡礼者がルート上で必要とする情報が網羅されている。
紙のガイドブックといえば、有名なドイツ語のシリーズからも『ポルトガルの道』の巻が出ていて、表紙が黄色なので、ドイツ人巡礼者の間では“黄色い聖書”と冗談めかして呼ばれていました。笑
食事という楽しみ
巡礼の旅自体はかなり低予算で可能である。自宅から巡礼路までの往復の移動はどうにかしないといけないが、着いてからは徒歩だから、必要なのは宿代と食事代だけだ。前に書いたように、公営の宿泊所であれば一泊8ユーロくらいだし、日本やドイツと比べれば食べものも安い。
基本的に宿泊所には食事が付いていないものの、巡礼路沿いにあるレストランには『巡礼者メニュー』と呼ばれる格安のメニューを出しているところがあって、10ユーロ前後でおなかいっぱい食べられる。たいていは、スープかサラダ、パン、メイン、デザート、ドリンクのセットである。
公営の宿泊所に泊まり、朝昼はパンなどを買って、夜は巡礼者メニューをしっかり食べる、というスタイルで歩いていれば、1日30ユーロあれば旅をできてしまう。
もちろん、巡礼しているからといって無理に節約する必要はない。旅の楽しみといえば食べものである私とDは、宿にはお金を掛けなかったが、ポルトガルとスペインのグルメを色々と堪能した。なかなかドイツでは食べられない、タコやイカなどの魚介類も豊富。
ワインが好きな巡礼者の仲間は、安くて美味しいワインを飲めることが、泊まる町に着いてからの毎日の楽しみだと言っていた。お酒に弱く疎い私でさえ感激したのはサングリア。白ワインの方も爽やかで、いくらでも飲めてしまいそうである。
パンの質の高さにも驚かされた。菓子パンは目移りするほどの種類があるし、日本でいう総菜パンのようなものも美味しい。
私がポルトガルで特に夢中になったお菓子は、パステル・デ・ナタというカスタードクリーム入りの小さなタルト。至る所で売られていて、1つ1ユーロくらいと値段も手頃である。
毎日1つは買って食べ比べてみたが、これはやはりパン屋よりも専門店で買った方が美味しかった。どんどん焼きたてが出されるので、手に取るとまだ温かく、カスタードクリームがとろりと舌の上で溶けるのがたまらない。上についた焦げ目からはキャラメルの風味も感じられる。
だいぶ話題が巡礼路から逸れてしまったが、最後となる次の記事では、この巡礼で得た特別な経験と出会いについてまとめてみたい。
コメント
今年のイースター私もポルトガル人の道、歩いてました。もしかしたらどっかですれ違ってたかもですね!
私はフランス人の道も歩いたことあるのですが、ポルトガル人の道は平坦な場所が多いし、距離も短いはずなのにすごく疲れました。あの石畳の道は、もう二度と歩きたくないです(笑)
こんにちは、コメントありがとうございます!
なんと、同じ時期にカミーノを歩いていた方がこのブログ記事を読んでくださるとは…!
確かにどこかで擦れ違っていたかもしれませんね。韓国人は宿で何人か見掛けたのですが、日本人の巡礼者には最後まで一人も会わないままだったな〜と思っていたのですが。
なるほど、石畳だったから足への負担が更に大きかったのかもしれません。最初の方は車道の脇を通らないといけないので気が休まらないところもありましたし。
フランス人の道も経験されているとは羨ましいです!