エジプト紀行④:追補編・カルチャーショック

スポンサーリンク
スポンサーリンク

ツアーか個人か

前回の記事では、エジプト南部でまさかの求婚をされるという、思わぬ展開となった現地の人々との交流について記した。

「人生で一度はエジプトに行ってみたい」という方も多いと思うので、この記事では、実際に旅してみた経験から、参考になりそうな情報と、私が受けたカルチャーショックについてお伝えしたいと思う。

浮き彫りになったレリーフのある壁や柱が並ぶ屋外の遺跡で、立って話している日本人女性3人
壁画を眺めながらあれこれ解釈を話している私・Sさん・Hさん

まず浮かぶ疑問としては、「ツアー旅行がいいか、個人旅行がいいか」があるだろう。これは「安心・快適さを取るか、冒険・節約を取るか」とも言い換えられるが、好みの問題である。

エジプトでは快適さをお金で買う価値があると思う。優秀で信頼できるガイドとドライバーが終始一緒にいれば、観光スポットを効率的に巡ったり、詳しい説明を聞いたりできるだけではなく、色々な面で周りから守ってくれる。ぼったくりや売り込みにたかられることも減るし、タクシー運転手と半ば喧嘩腰で値段交渉する必要もない。後述する『後味の悪さ』も減るだろう。

一方で、私たち4人はパッケージツアーではなく、自分たちで旅程を組んで宿や移動手段を手配した。自力では移動が難しかったり、ガイドがいた方が満喫できると思ったりした日だけ、単発の現地プライベートツアーをオンライン予約していた。

大変ではあったが、その分様々なタイプの現地の人と話すことができたので、振り返ってみれば貴重な経験になった。費用も、あるツアー会社から見積もりをもらっていた、専属ガイド付き旅行の半額くらいで済んだ。

ガイドとドライバーは個性豊か

現地ツアーを予約した会社からどんなガイドとドライバーが派遣されてくるかは、運次第としか言いようがない。多くのガイドはフリーランスとして複数の会社から仕事を引き受けているそうだ。エジプトで観光ガイドといえば、国家資格が必要なこともあり、高収入の職業なのだという。

ドライバーは運転が荒い人もいれば穏やかな人もいたし、不愛想な人もいればユーモアのある楽しい人もいて、やはり三者三様。私たち4人がガイドに連れられて観光している間は車で待っていてくれた。車はバンタイプで広々としていて快適。

中腹に入口が見えるピラミッドの前に停まっているバンタイプの車と、ドライバーと話しているガイド
バンで連れていってもらったピラミッド。中腹に見えている入口から内部に入れる

現地ガイドは基本的に英語を話せるエジプト人だったが、会社によっては日本語話者も手配してもらえる。私たちもカイロだけ日本語ガイドを予約していたが、ホテルまで迎えに来てくれたのは、びっくりするくらい自然な日本語を話す小柄な中年の男性だった。カイロ大学で日本語を専攻し、何年間か日本の池袋に住んで、サウジアラビア企業の日本法人でアラビア語通訳として働いたこともあるという。

私たち日本人の性格も熟知しており、笑顔であれこれ世話を焼いてくれた。ピラミッドをはじめとする観光スポットの案内だけでなく、レストランやトイレでチップを渡すといった日本人が不慣れな場面では、相場を教えてくれたり、代わりに(なんと自分のお財布から)払ってくれたりした。

青空の下の砂漠のような土地を歩く3人の後ろ姿
次の遺跡に向けて歩いているHさん・Sさん・日本語ガイド

そしてこの日はドライバーも素晴らしかった。おそらく英語が得意ではないと見え、私たちと直接会話をすることはなかったが、いつもにこやかで、そして何より安全運転

安全運転なんて当たり前でしょ、と思ってしまいそうになるが、カイロの交通事情を実際に目にすれば、これがいかに難しいかよくわかる。一言にするとカオスなのである。

車線があってないようにくねくね移動しつつひしめき合う無数の車、ひっきりなしに鳴るクラクション、合間を縫うように強引に横切っていく歩行者…。よく見かけるマイクロバスは超満員で、なぜかドアが開いたまま走っているし、外装のどこかに掴まってトランクルームの外側に立っている人もいる(これだと無料で乗れるらしい)。

車社会のカイロでは、あらゆるところで渋滞しているのだが、信号は数えるほどしか見掛けなかった。私たちのガイド曰く、「あっても誰も守らないですからね」。その代わりに大きな交差点には警察官が立って交通整理をしていた。日本やドイツのように、大多数が交通ルールを守って運転し、横断歩道の横に人が立っていると車が止まってくれるような国とは、まったく違う常識でみんなが動いている。

夜の街中を走るタクシーの中から見た、無数のテールランプ
カイロで乗ったタクシーの中から眺めた渋滞

こんな混沌状態にあって、私たちの現地ツアーのドライバーは、なるべく一定の速度で穏やかに運転し、急ブレーキを踏むことも、周りの短気なドライバーのようにプープーとクラクションを鳴らすこともなかった。窓の外を見ていると、あと少しのところで事故になりそうなシーンを何度も見掛けて、「あ、危ない…!」と叫びそうになったが、私たちの車に乗っている分には身の危険を感じなかった。これは素晴らしい運転技術と経験の賜物だと思う。

この日の日本語ガイドとドライバーとは、ピラミッドやスフィンクスなどカイロ近郊の遺跡を丸一日かけて巡ったが、場所によって滞在時間を長めに取ってくれたり、最後も希望の場所まで送ってくれたりと、柔軟にこちらのお願いも聞いてくれて大満足だった。

大きな鰻が二切れ乗った鰻重
最後は日本食レストランMakinoまで送ってもらって解散。ナイル川河口で捕れるという肉厚な鰻を注文

このようにカイロでは非常に運が良かった私たちだが、中部ルクソールで担当してもらった30歳くらいの若い英語ガイドは適当な感じで、「自分たちで見て回って、わからないことがあったら聞いて」というスタンスだった。南部アスワンで知り合ったのは、前回の記事に登場したヌビア人ガイドAで、やはりなかなか濃い人物である。

後味の悪さ

私がエジプトで受けたカルチャーショックといえば色々ある。本来はどこまでゴミ捨て場なのかわからないほどゴミが散らばった道や、気温が25度を超えているのに厚手のジャケットを着ていたりマフラーを巻いていたりするエジプト人の体感温度や、どの観光地に入るにも受けなければいけない金属探知機のセキュリティチェックなど…。

でも、やはり特筆すべきは「騙してなんぼ(特に外国人向け)」というメンタリティ。

例えば、エジプト観光一日目で、色々とよくわかっていない時のエピソード。私とベルリーナー・Dが遺跡が点在している地区を歩いていると、ロバに乗ったエジプト人に英語で声を掛けられた。「写真撮っていいよ!タダだよ!」という。

私は嫌な予感がしたので「結構です」と足早に立ち去ったが、素直なDは「タダって言ってるよ」と立ち止まり、おじさんの写真を撮っていた。

背の高い石造りの壁に挟まれた狭い路地で、ロバに乗ってポーズを取っているターバンを巻いたおじさん
Dが撮った写真。確かに絵になる図ではある

この後には、おじさんがDにロバの手綱を握らせて写真を撮ってくれたり、おじさんとDのセルフィ—も撮ったそうである。そして「ありがとう」とDがその場を去ろうとすると、おじさんが呼び止めた。

For the donkey!(ロバのために!) おれはチップいらないけど、このロバに餌を買ってやるためにはお金が必要だ」

という。Dは「タダって言ってたじゃないか」と納得できないながらも、つぶらな瞳をしたロバのためと言われてしまうと、何も出さないわけにはいかない。思わずお財布に入っていた1.5ユーロ(エジプトのチップとしては大金)を渡したのだという。

Dは後でこの話を私にしながら、「なにがFor the donkeyだよ!あんなにチップ渡すんじゃなかった、騙された」と憤慨していたが、一晩経って落ち着くと、「よく見返したら、あのおじさんと撮ったセルフィーとか、あまりに馬鹿げてる」と写真を見るたび笑い転げており、そんなに笑えるなら1.5ユーロくらい安いものだったね、という結論になった。これも旅の思い出である。

また、有名なツタンカーメンの黄金のマスクがあるカイロ考古学博物館では、トイレは「チップ不要」と表示されている(もちろん入館料は払っているので無料というわけでもない)。確かにトイレに入る時にチップは必要ないのだが、個室にはトイレットペーパーがなく、清掃員の女性が手に持って立っていた。紙がほしいという身振りを利用者が見せると、女性は反対の手に持った紙幣を見せて「じゃあチップをくれ」という合図をする。

私はたまたま手持ちの紙があったので事なきを得たが、あれやこれやと観光客からお金を巻き上げようとするあの姿勢は、やはり不快になってしまう。

貴重な石像などが乱立する博物館の地上階
貴重な文化財が無造作に並べられているようにも見える博物館

そもそも、どの有名観光地でもエジプト人と外国人で入場料が別々に設定されており、値段が冗談抜きで10倍くらい違うのだ。日本円換算で言うと、エジプト人は数百円で入れるところを、外国人は数千円払わされる、という感覚である。

お金のある人がない人にあげるのは当たり前、というイスラムの考え方が根底にあるとも言われているが、私がエジプトにいた9日間だけでも、不快になった経験は枚挙にいとまがない。

ペットボトルの蓋が目になった、茶色のタオルで作られた猿のような動物
ルクソールのホテルにチェックインすると、タオルが可愛く飾られていた。「おれがやったんです」というスタッフが後ろから付いて来て、チップを渡すまで部屋から出ていってくれなかった

タクシーに乗るにもバザールで買い物するにも、まずは相場の数倍の値段を吹っ掛けられる。お人好しのベルリーナー・Dは途中で心が折れていたが、日本人のHさんとSさんは根気よく交渉し、例えば香水瓶を最初の言い値の10分の1の値段でゲットしていたので、観光客側も面倒な交渉を楽しめるくらいのメンタリティを持っていると良さそうだ。

石のアーチの下に商品のランプが並べられた一角
客引きから逃げるように早足で歩いた、ハン・ハリーリというカイロの有名バザール

騙してなんぼ、というのとは少し違うが、エジプト人の「せがむ姿勢」も私は他の国で経験したことがないものだった。その日の現地ツアーが終わる頃、ガイドに「ぼくについてネットで最高評価のレビューを書いてくれ」と言われ半ば強制的にその場でレビューを書かされたり、アパートメントホテルをチェックアウトした後に、「予約サイトで10点中10点の評価を早く書いてくれ」とオーナーから毎日しつこくメッセージがきたり…。

途中までは楽しく過ごしていても、最後に『後味の悪さ』が残ることが多かったのは何とも残念。エジプトでは親切な人たちにももちろん出会った。それでも、何か良くしてもらうと、「チップを求められるのかな」「裏があるのかな」とつい勘ぐってしまうのが、慣れていない私には思った以上にストレスだった。

旅することの意義

ヨーロッパの向こう側にある大陸では、こんなに違う価値観や常識で人々が生きているのか…と色んな意味で濃い経験となったエジプト旅行。

旅の醍醐味とは、今まで異国でしかなかった場所に、「繋がり」を感じられることだと思う。それまでは、エジプトという地名や地図を見ても何の温度も感じなかったのだが、実際に古代の遺跡を訪ねたり、砂漠を何時間も車で走ったり、現地の人たちと会話をした今は、急に血の通ったような温かさを感じる。エジプトの写真を目にすると、自然とそこで暮らしている人々や、砂っぽい乾いた熱い空気が思い浮かぶ。

青空と砂漠の中に佇む、中段で屈折したピラミッド
ダハシュールの屈折ピラミッド。こんな風景は、この先もう二度と見ることがないかもしれない

エジプトからベルリンに帰ってきたときには、「あれっこんなに道が綺麗だったっけ」とビックリしたのだが、いつもであれば日本から戻ってきたときなど、「うわ、こんなに道が汚かったっけ」と逆に驚いてしまう。目の慣れというものは恐ろしいし、何事も相対的だと改めて気付かされる。

世界を見るときの尺度が多層的になること、自分の常識が他の社会では常識ではないと改めて実感できることも、旅の醍醐味ですね

コメント

タイトルとURLをコピーしました