ドイツの大学生の課題 - 文学専攻の場合

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入るのが難しい日本、出るのが難しいドイツ

日本とドイツの大学の教育は、別物だなぁ

と思うことは数多くあったが、一言で言うと、ドイツの大学は卒業するのが難しい。逆に、大学入学資格試験で一定の成績を修めれば、追加の個別の試験なしに、どの大学にも学籍登録できる(医学部や法学部などは成績上位者のみ)。

一方で、過酷な受験勉強を強いられる日本では、大学入学がゴールであって、よほど怠けなければ卒業できないという事態は起こらない。多くの大学生は、入学さえすれば一安心、単位を落とさない程度に勉強しながら、悠々自適な学生生活を満喫しているだろう。それは、学年ごとに履修すべき授業がある程度定められていて、全員が同じ期間で卒業できるように考えられているカリキュラムのおかげでもある。

その感覚でドイツの大学に入学すると、痛い目に遭う。学業をしっかり生活の中心に据えて、努力を続けないと卒業できないので、途中で辞めたり学科を変えたりする人も多い。例えば、私が学生スタッフをしていたハイデルベルク大学の日本学科では、入学時の学籍登録者のうち卒業するのは4分の1くらい。学期が進むにつれて、学生数がどんどん減っていく。その分、厳しい勉強を乗り越えて学位を取得した学生達は、目を見張るほど優秀な人ばかり。

ドイツの大学では、学年という概念も、留年という概念もない。卒業に必要な単位の数と種類を確認しながら、各々の学生が、自分のペースでカリキュラムを組む。学年の代わりに、「私は今、○○学期目」という言う方になる。修士課程の最短在籍期間は4学期(2年)なのだが、それで卒業できる人はほぼ皆無で、私がいた学科の平均は6.3学期(3年〜3年半)と言われていた。

ドイツの大学の大変さの具体例として、この記事では、単位取得のための課題について、体験談も交えながら詳しく説明する。日本の大学生にも知ってほしいことが多くある。

ドイツの小論文

日本で取得したドイツ語学科の学士号を、ドイツの学位に相当すると認定してもらえた私は、ハイデルベルクで修士課程から正式に入学した。しかし、別の記事にも書いたように、ドイツ語“を”勉強してきたものの、ドイツ語“で”勉強したことがなかったので、それは様々な壁にぶち当たった。

ハイデルベルクの旧市街と、ネッカー川と山
ドイツ最古と言われるハイデルベルク大学がある美しい街並み

何より苦労したのは、単位取得のために提出しなければいけない小論文。ドイツ語ではHausarbeitという。学期末の記述試験や口頭試験で評価が決まる授業もあるが、文学部などでは、小論文で成績をつけられることがほとんど。

日本の大学でもレポート書くよね、と思われた方もいるだろう。しかし、それとは別物だと思った方が良い。どちらかと言えば、日本の大学の卒業論文に近い

学期中に授業で学んだことを土台にして、自分でテーマを見つけ、参考文献を探し、学術論文としてまとめていく。修士課程の小論文であれば、本文は15ページくらいが普通で、その他に目次や文献一覧を作成する。参考文献は、少なくともページ数と同じ数を見つけてくることが推奨されているので、つまり15冊の資料をある程度読み込む必要がある。最初はそれだけで気が遠くなってしまう。

学期が終わった後の休み中に書くことになるわけだが、ドイツの大学では、学期休みのことを『講義がない期間』とも呼ぶ。授業がないだけで、学期(勉強すべき期間)は続いているわけである。

個人的な失敗談。私はドイツの小論文というものがこんなに本格的だと思っていなかったので、1学期目、小論文が課題になっている授業を4つも履修した。学期中も授業に付いていくのに必死だったが、学期休み中、

課題が終わらない…!!

という事態にもちろん見舞われた。1つの小論文を書き上げるのに、本来は1ヶ月弱くらい見込んだ方が良い。私は2ヶ月半の間に4つ(計60ページ)をなんとか書いたので、せっかくの夏休みだったのに、ほとんど遊ぶ暇もなく、ずっと文献とパソコンと格闘していた。

小論文は計画的に。。。

学術的なスキル

ドイツ語ネイティヴではない私のような外国人学生はもちろん、ドイツ人学生にとっても、小論文というのは決して易しくない。ハイデルベルク大学でも、特に1学期目の学生のために、小論文の書き方の講座が、学科内や大学図書館などで提供されている。

何がそんなに難しいのかというと、文体や体裁が、学者と呼ばれる人達が発表する“プロの”論文に準じているところにある。小論文も立派な学術論文の1つ。普段は使用することのない学術的な言葉遣いや、レイアウトや、参考文献の引用の仕方など、まず学ばなければいけない決まりが山ほどある。

学術的な文章は、語彙や言い回しからして特殊なので、ドイツ人であっても慣れるまでに時間がかかる。外国人学生にとっては一層ハードルが高い。ハンガリー出身で、大学には行かずに接客業でキャリアを積んでいっている友人は、私よりもよっぽどドイツ語が流暢だと思っていたのだが、何かの論文を読む機会があったとき、「なにこれ、半分もわからない」とショックを受けたそうだ。

大変な思いをしつつも良いことがあるとすれば、小論文を毎学期書くことで、自然と卒業論文に向けたスキルが身につくこと。大学で学んだことの集大成である卒業論文は、言ってみれば、小論文のテーマをより幅広くし、より深く掘り下げたようなもの。日本だと、卒業論文に取り組む段になって、「そもそも論文ってどうやって書くの?」と戸惑う学生も多いと思うが、ドイツの学生達は論文執筆自体には既に慣れている。

日暮れの時間帯、窓から書架が見える煉瓦造りの建物
資料探しに私も足繁く通った大学図書館は、なんと深夜1時まで開いている

文学専攻のジレンマ

小論文の一番難しい部分は、まずテーマ探しでしょう

と、私が尊敬していた教授も言っていたが、多くの学生はいつも設問に頭を悩ます。もちろん、基本的には自分が興味を惹かれて、「もっと知りたい」と思うテーマを深めていくのが一番だが、それで15ページも書ける、ないしは15ページだけでまとめられる内容にするには、設問の幅を広げたり狭めたりして調整しないといけない。

例えば、「ある作家のある詩における『月』が暗示するもの」というテーマを決めたとしても、その当時の一般的な月のイメージや信仰的な意味合い(民俗学・宗教学)、同時代の他の作家による月にまつわる詩との比較(比較文学)、月という言葉の意味や隠喩(言語学)など、際限なく色んな分野に考察を広げられる可能性があるわけで、どこかに重点を定めないといけない。

特に文学の研究は、絶対的な正解がないし、自然科学のようにデータを集めるわけでもないので、独りよがりになってしまう危険性が付き纏う。自分でテーマを設定して、参考文献を読み込んで結論を導き出すからには、ただの先行研究のまとめになってはいけない。そうかと言って、自分のアイディアだけを頼りに書いてしまうと、学術的な論文にはならない。

私も在学中、このジレンマを抱え続けていた。独自の見解や解釈を書いたり、まだ誰も書いていないテーマを扱ったりしたい。でも参考文献がないと、ただの個人的な読書感想文のようになってしまう。

先生によっても評価の基準が違う。私は、自分の解釈を“自由に書きすぎた”ため、かなり低い成績をつけられて落ち込んだことがある。先生には、「学術的な裏付けが不足している。全ての文に先行研究の脚注を付けられるくらいの気持ちで書きなさい」と注意された。

しかし、似たスタンスで書いて別の教授に提出した小論文は、独自性が評価されて最高点をもらったので、こればかりは先生のタイプによると言うしかない。多くの先生は、学生が小論文を書き始める前に、面談時間かメール経由で、そのテーマでOKか確認することを求めるので、その際に方向性も相談するといいだろう。

ドイツの大学では、受け身ではなく、自主的に取り組む姿勢が求められます。これは就職してからも必要ですね

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