loveとliebenの違い
ハイデルベルク大学附属のドイツ語コースに通っていた10年前、文法を担当していた強面の男性の先生が、こんなことを言ったのを今でも覚えている。
ドイツ語では、英語と違って、「愛してる」とそうそう言うものではありません
彼が言わんとしていたのは、英語のloveにあたるドイツ語のliebenは、もちろん深い愛情表現のためには使用するが、物に対する「大好き」という意味では軽々しく使わないものだ、ということ。
“I love this bag!”(このバッグ、すごく好き!)を、“Ich liebe diese Tasche!”とドイツ語に直訳してみると、確かにドイツ人はこうは言わないな、と思う。動詞には「好き」というmögenを使うか、“Ich finde diese Tasche sehr schön.”(このバッグ、すごく素敵だと思う)などと表現するだろう。
物に対してはliebenを使えない、というわけではない。もう、これがたまらなく好き!愛してる!というほど好きな物については、ドイツ人がliebenを使っているのを聞くことがある。しかし、それは割と継続的な気持ちであって、その場限りの感情ではない。
昔からチョコレートに目が無い私は、Ich liebe Schokolade(チョコレートがこれ以上なく好き!)と言います。笑
興味深いことに、ドイツ語のliebenと、日本語の愛するは、用法がごく近いと思う。日本語でも、「このバッグ、愛してる」と言わないことは明らかだろう。この記事では、好意を伝える表現について、言語間の比較をしながら考えてみたい。
段階ごとの表現
日本人に恋したドイツの友人の相談に乗っていたとき、日本語で好意をどう伝えればいいのか、それぞれの表現の程度がどのくらいなのか、一緒に考えてみたことがある。結果、以下のような対応になった:
(彼のことが)気になる | Er gefällt mir gut |
(彼のことが)好き | Ich mag ihn |
(彼のことが)大好き | Ich hab ihn lieb/gern |
(彼を)愛してる | Ich liebe ihn |
この記事のテーマであるliebenは、日本語の最上級の表現である「愛してる」に該当する。日本語と同じように、ドイツ語の愛にも、かなりの重みがある。深い恋愛・夫婦関係においてか、親子の絆においてか、神様から人類に対して、というように、使われる場面はかなり限定的である。
悩める友人に私がアドバイスしたのは、数回会ったことがあるだけの相手に告白するとき、「愛しています」と言うのはちょっと早いし重すぎるかもしれない、ということ。日本語だったら、「好きです」が自然だし、十分だと思うよ、という私見を伝えた。
ついでに、上の表にある他のドイツ語の表現にも触れておく。「気になる」の動詞gefallenは、本来は「気に入る」といった意味で、物を主語にして日常的にもよく使う。
例:Dieses Buch hat mir sehr gut gefallen.(この本、すごく気に入ったよ)
「好き」のmögenは、物に対しても人に対しても、一般的に何にでも使える。広く使える反面、そこまでの感情は感じられない。
例:Ich mag meine Arbeitskollegen.(自分の同僚たちが好きです)
次の「大好き」lieb habenになると、かなり感情が入ってくる。ただし、友人同士でも使える程度である。私の仲が良い友人でも、“Ich hab dich lieb, Aki!”(Aki、大好きよ!)とよくメールに書いてくれるドイツ人の女の子がいる。
余計なものは省こう
それではフランス語では愛をどう伝えればよいのか、という話をフランス人の友人としたことがある。興味深いことに、英語のlikeやloveに相当するものとして、フランス語では「好き」aimerという動詞しかない。
このバッグが好き、チョコレートが好き、歌うのが好き…これら全て、aimerで表現される。そして、愛の告白もaimerなのである。
例:Je t’aime.(君を愛してる)
ここで面白いのは、英語のmuchやa lotにあたるbeaucoupをつけて、“Je t’aime beaucoup.”とすると、「君のこと大好きだよ」と逆に程度が下がる感じがするそうだ。
“J’aime le chocolat.”(チョコレートが好き)より、“J’aime beaucoup le chocolat.”(チョコレートが大好き)の方が程度が上がるのに、不思議
しかし、よく考えてみると、「好きです」というごくシンプルな言い回しが愛の告白として重みを持つ、日本語と似ているのかもしれない。
さて、冒頭のドイツ語の先生は、真面目な顔で、こうも言っていた。
愛すること(lieben)を安売りしてはいけません。普段は使わず取っておいて、本当に大事な時に口にするからこそ、価値があるのです
英語やフランス語とは違い、基本的には人物に対してしか使わない特別な動詞があることを、彼は誇りに思っているようだった。日本語の「愛してる」も同様。節約気味に用いるのも悪くないのかもしれない。
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