噂のリューゲン島
私はドイツ南西部のハイデルベルクから北東部のベルリンに引っ越したが、こちらに来てから頻繁に耳にするようになった地名がある。それは「リューゲン島」。ドイツ最大かつ最も人口の多い島だという。
第二次世界大戦後、ドイツが東西に分断されていた時代には、東ドイツ屈指のリゾート地として栄えたそうだ。今でもベルリンはじめドイツ北東部の人たちは、バルト海で休暇を過ごすことを好むが、リューゲン島は行先として特に人気が高い。
ドイツは9か国と国境を接しており(ヨーロッパの国として最多)、内陸国と思われがちかもしれないが、北部には北海とバルト海がある。

ベルリン在住7年目の私だが、4月下旬、友人に誘われて初めてリューゲン島まで週末旅行に出掛けた。この記事では島の様子と名物をご紹介したい。
電車で行ける島
リューゲン島は、島とはいっても道路も線路も通っている。ベルリンからは電車でのアクセスも良く、シュトラールズント(Stralsund)というバルト海に面した港湾都市まで直通の普通電車で3時間、乗り換えて1時間ほどで観光の中心となる東海岸に到着する。

私と友人は、特急電車等を除いてドイツ全土の公共交通機関が乗り放題になるというドイツチケット(Deutschlandticket、2025年以降は月額58ユーロ)を持っているので、追加でチケットを買う必要もなかった。
シュトラールズントからリューゲン島まではDB(ドイツ鉄道)ではなくODEG(東ドイツ鉄道)が運行しており、定刻だったし車両も綺麗で快適。

土日で訪れたが、一泊したのは東海岸のザスニッツ(Sassnitz)。1時間あればぐるっと回れてしまう、こじんまりした町だ。海岸沿いをぶらぶらお散歩するのが気持ちいい。

バスで45分くらい南下したところには、ビンツ(Binz)というビーチが有名な町があり、私たちも二日目に訪れた。海水浴シーズンではなくてもそれなりに観光客が来ており、家族連れもいたが、ゆっくり散歩している高齢の夫妻をたくさん見かけた。
ここは「地元の人はどこに住んでいるんだろう」と不思議になるほど、貸し別荘(Ferienwohnung / Ferienhäuser)ばかり並んでいる。様式は統一されていて、どれも白く繊細な印象の建物だ。

ビンツのビーチは白い砂浜で、水も透明度が高く美しい。お世辞にも道が綺麗とは言えないベルリンから来ると、ごみが一つも落ちていないことに感動してしまう。

北ドイツのビーチの特徴といえば、浜辺にずらりと並んだ「ビーチバスケット」(Strandkorb)と呼ばれる四角い籠のビーチチェア。日差しからも海風からも守ってくれ、引き出し式のテーブルもついている、個人用海の家とも呼べる椅子だ。

基本的に浜辺では有料で鍵が掛かっているが、レストランやカフェのテラス席に置かれていることがあるので、座って飲食したりくつろいだりすることもできる。

その他にもビンツには、建築家の名前を取って「ミューター塔」(Müther-Turm)と呼ばれているユニークな建物もある。

元々は海辺に救助塔として設置されたが、現在は戸籍局の出張所として婚姻手続きにも使用されているという。

UNESCO世界遺産
さて、なぜ泊まる町としてザスニッツを選んだのかというと、理由がある。
私が「友達と週末にリューゲン島に行ってくるよ。海を見ながらゆっくりお茶でもしてくる」と夫のDに話したところ、ベルリン生まれ育ちでリューゲン島にも行ったことがあるDに、「いやいや、街中にいるだけじゃリューゲン島まで行った意味がない。他に絶対に見ないといけないものがある」と力説されたのだ。

UNESCOの世界遺産になっているヤスムント国立公園があるんだ。ハイキングするのに最高だよ!
調べてみると、確かにその国立公園には、人の手がほとんど加えられていないブナの原生林が広がり、海岸沿いには白亜の断崖が10km以上にわたって続いているという。夏に海水浴が目当てというわけでなければ、ここを訪れるのがリューゲン島観光のメインとなるようだ。
Dからは、ヤスムント国立公園の最寄りの大きめの町がザスニッツなので、そこに泊まるのがよいだろうとアドバイスされたのだった。

30分に一本運行しているバスに揺られ、ザスニッツの町を離れて自然の中の道路を走ること、20~30分ほど。国立公園の中でも特に有名な、「玉座」(Königsstuhl)という高さ118mの石灰岩の崖がある場所に到着した。

しかしここで小さな問題が。この崖の付近は有料エリアとなっており、入場料として大人12ユーロが必要なのだ。前もってDに言われていたのは、

昔は無料だったんだけどね。でもお金払って入ることないよ、他にも崖はたくさんあるし、近くの見晴台から「玉座」も見えるから
ということで、私たちは有料スぺースに入ることなく、国立公園を自分たちの足で歩いて見て回ることにした。ハイキングコースが整備されており、普通のスニーカーでも問題なく歩ける。

海を見下ろしつつ、ブナの原生林をザスニッツの方向へゆっくり歩いて、3時間弱で町まで戻ることができた。

リューゲン島がドイツで有名なのには、リゾート地であるということ以外に、実はもう一つ理由がある。ドイツのロマン主義を代表する画家、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒが繰り返し足を運び、白亜の断崖など、この島の風景を描いているのだ。カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの作品はドイツの主要な美術館ではまず目にするので、私も見覚えがあった。

ザスニッツの町の近くまで来ると、階段で海辺まで降りられるところがあったので、下からもこの石灰岩の断崖を見上げることができた。白亜といえば英語でチョークなので当たり前だが、その下を少し歩くと靴の裏が真っ白になってしまう。

海辺は小石がごろごろと一面に転がっていて、足裏が痛くなり、歩くのが大変。でもそれぞれの石は、グレーと白のまだら模様になっていておしゃれだ(私の家でも、Dが数年前にリューゲン島で拾ってきた石をバスルームの窓辺に飾っている)。

島なので海鳥もたくさんおり、カモメをよく見かけたが、海で仲良く泳いでいる5匹の白鳥もいた。

ブナの森を歩いているときは、遠くからサイレンのような音が近づいてきて、ふと上を見上げたところ、白い渡り鳥の一軍がVの字を描いて飛び去っていくところだった。木の葉に遮られてよく見えなかったのもあり、何の鳥だったのかわからないままだが、宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』を彷彿とさせるような、どこか浮世離れした光景だった。
魚、スーパーフルーツ、ソフトクリーム
さて、旅の楽しみといえば、食べものは欠かせない。バルト海に浮かぶリューゲン島にも、色々と名物がある。
まずドイツ人が「バルト海」や「北海」と聞いて思い浮かべるのは、フィッシュサンドウィッチ(Fischbrötchen)。ニシン、鯖、鮭などを生野菜と一緒にパンに挟んだもの。

ドイツのパンといえば黒パンが有名だが、ここでは白い丸パン(Brötchen)が一般的。魚は生に近い漬物か、燻製か、フライにしてある。伝統的にあまり魚を食べないと思われているドイツだが、フィッシュサンドウィッチは昔から人気だ。
ベルリンでもシーフードを扱ったチェーン店などで買えるが、やはり新鮮さに欠けるし、刺身を食べ慣れた日本人からすると特段美味しいと思うものではない。それが、バルト海の町で食べると別物!特に塩漬けの魚はとろけるような触感で、一つ食べるとそれなりにおなかに溜まるのに、もう一つ食べたくなってしまう。
魚介類の他に、まだ日本では馴染みが薄い、サジー(ドイツ語:Sanddorn)と呼ばれるスーパーフルーツも名産。
植物界で最も栄養価が高く、ビタミンが豊富な果実の一つとされているそうだ。リューゲン島では専門店もあり、ジャムやリキュール、お茶、ジュースなど、様々な商品から選ぶことができる。
果汁100%のジュースをテイクアウトした友人曰く、「お肌によさそうな酸味」「オレンジジュースに近いリンゴジュース」という感想だった。

最後に紹介したい名物は、意外に思われるかもしれないが、ソフトクリーム。日本ではあちこちで買えるものの、実はドイツではあまり一般的ではない。ドイツでアイスというと、イタリア風のジェラートが大半である。ところが、バルト海沿岸の町ではソフトクリーム屋を結構な頻度で見かける。

少し調べてみたところ、第二次世界大戦後の50年代に、アメリカからドイツへソフトクリーム製造機が輸入され、特にこのあたりの地域で人気になったらしい。
以前行ったシュトラールズントのお店では、小か大かを選べたので大をお願いしたところ、「これは超特大というのでは…!」と思う、ずっしり重い巨大なソフトクリームが出てきた。

小旅行にぴったり
リューゲン島に興味を持ってくれた方のご参考までに、私たちの旅程を記しておく。海水浴客で大混雑する夏に行かなくても、十分楽しむことができた。
二日日:朝ザスニッツ発、バスでビンツへ移動、午前中ビンツ観光、午後はシュトラールズント乗り換えでベルリンへ
どのみち通過するので、時間が許せばシュトラールズントに立ち寄るのもおすすめ。やはりUNESCOの世界遺産に登録されている、ハンザ同盟都市の名残を感じる美しい旧市街の他に、海洋博物館と水族館が一体となった「オツェアネウム」(Ozeaneum)という有名な施設もある。


バルト海の町や島には、ベルリンにはない魅力がたくさん。小旅行にぴったりです
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