ドイツのバレエ発表会で見えた、個人主義の裏面

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個人主義の国ドイツ

我が道を行く人が多いドイツ。良くも悪くも、周りの人が自分のことをどう思うかは、あまり気にしていない。街中や電車の中で観察していても、ドイツ人に限らないが、本当に色んな人がいる。冬でも素足にサンダルの人、手作りのホールケーキを両手で持って電車に乗ってくる人、リュックサックからバナナをそのまま取り出して食べ始める人…。

日本と比べて男女別の「こうあるべき」という偏った見方も少なく、スーツ姿の男性が歩きながらアイスクリームを食べていたり、男性が一人でベビーカーを押していたりする姿も普通である。

本にブックカバーをかけるという文化もない。本を綺麗に保つのもあるけれど、どんな本を読んでいるか周りに見られるのが恥ずかしい、という感覚は日本独特なのかも

私はドイツのそんな自由な雰囲気が心地よくて好き。それでも、全ての場面でこの個人主義が良い方に働くとは限らない。私自身、それを実感する経験をした。

バレエ発表会への取り組み方

私の趣味であるバレエでは、普段のレッスンは各個人のためのものである。レッスン中に言葉を発するのは基本的に先生だけだし、参加者はそれぞれが自分の動きをより良くするために努力する。

しかし、発表会となると話は別。みんなで一つの舞台を作り上げるわけだから、協力して、動きを合わせて、練習を積んでいかないといけない。ソロだけならともかく、群舞を踊るのであれば、立ち位置、体の角度、腕と足の高さ、顔の向きなど、細かい点まできちんと揃える必要がある。

私がハイデルベルク大学に在籍中に通っていたバレエ学校は、比較的規模が大きく、生徒は100人を優に超えていた。よって、2年に1度行われる発表会は、それなりに大掛かりなものだった。

バレエスタジオ
2つあるスタジオも広々としている

私が参加した年は、バレエ『コッペリア』を土台に、人形の工房のシーンを中心にまとめたオリジナルの演目。日本と同じで男性の生徒が少なく、ゲストも呼ばなかったので、ほとんどが女の子達の群舞で構成されていた。

私は2人の先生の大人向けクラスに通っていたので、それぞれの仲間と群舞2つを踊ることになった。アジア人は私だけである。参加表明をしたのは半年くらい前だったのだが、それから本番までの間、予想外にやきもきすることになる

どうしてみんなレッスンに来ないの…?!

大人の参加は義務ではなかったが、ほとんど全員の17名が発表会に出ると言ったにもかかわらず、みんなちゃんとレッスンに来ない。もともと月謝制ではなくチケット制を利用している人が多く、好きな時に来ればよいということになってはいるのだが、振り付けをすると事前に言われている日にも全然メンバーが揃わない。

確かにバレエは単なる趣味なのだし、チームで行うスポーツでもないので、普段は自分が好きな時に来れば良い。しかし、発表会前になってもそのスタンスを変えないドイツ人の仲間達に、真面目に毎回レッスンに通っていた私はやきもきした。特に家庭がある人は、急に来られなくなることがあっても仕方ないとは思うのだが、ずっと前から告知されている週末の練習にも来ないというのは、優先順位の付け方に問題があるのではと思ってしまう。

日本との大きな違い

日本でバレエの発表会に出ていた時は、本番が終わるまでの間、みんながバレエレッスンを何より優先していた。なぜか?それはもはや自分だけの問題ではなく、仲間みんなの問題になるから。一度レッスンを休んでしまうと、次のレッスンで振り付けを教えてもらうのに特別に時間を割いてもらうことになるし、立ち位置を確認しながらの練習も捗らない。群舞の練習では、1人でも欠けてしまうと、最終的なフォーメーションが見えにくくなってしまう。日本人は、仲間に迷惑を掛けてはいけないという意識が強いので、個人的な都合は差し置いてなるべくレッスンに出てくる。

しかしドイツ人達のマイペースさは徹底していた。本番までに2回あった通しリハーサルでも、半分くらいのメンバーしか揃わない。休んだ人のために、練習をビデオ撮影してWhatsApp(日本でいうLINE)グループで共有していたのだが、家でちゃんと振り付けを自習している様子もなく、毎回のレッスンで先生が何度も同じ説明をしなければいけないので、効率が悪いことこの上ない。挙げ句の果てに、個人的な理由で出演自体をドタキャンする人もいるという、自由すぎる仲間達…。見かねた先生(イギリス人)が、「なるべくレッスンに来るように。来られない場合は事前にちゃんと連絡を」と参加者のWhatsAppグループで呼びかける始末。

唯一皆勤賞だった私は、この全体よりも個人の都合優先のスタンスに、普段は自分も享受している個人主義の弊害を見た気がした。もやもやした気持ちを抱えながら、この話をハイデルベルクに長年住んでいる日本人の知り合いにすると、私の娘のバレエ教室も同じ感じでしたよ、とこんな答えが返ってきた。

ドイツでは、本番で最高のパフォーマンスを出来るよう逆算しつつ練習を詰めていくわけではないんです。できたところまでを当日見せればいいと思っているんです

彼女はお子さんの学校の音楽会などで、「どうしてもっと本番までに練習しなかったんだろう」と首を傾げることもあったそうだが、同級生のドイツ人の親が「ブラボー!いや〜良かったですねぇ」と感激しているのを見て、そもそもの期待度の違いを感じずにはいられなかったらしい。

私はこの話を聞いてちょっと肩の力が抜けた。そう、全体の完成度は私の責任の範囲外。周りばかり気遣っていても仕方ない。自分は自分のパートをしっかり踊るだけだ、と。

最終的に、参加者全員が揃ったのは、本番前日のゲネプロが初めてだった。日本では考えられない。このバレエ学校の後に通った教室で参加した、小規模な発表会でも同じような感じだったので、私も他のメンバーや全体としての出来は気にせず、自分がちゃんと踊れればよいと割り切ることにした。

楽屋の様子
メイクも「各自好きなようにしてきて」と言われたので、楽屋で口紅だけみんな同じものを塗った

発表会の運営方法も違う

発表会の運営の仕方も日本と大きく違った。私のバレエ学校は、旧市街地にあるハイデルベルク・シアターを一日借りて発表会を行なった。普段はプロのコンサートにも使われていて、専属のダンス団もある劇場である。私達の公演は同じ演目で13時からと17時からの2回だが、小さな子ども達は人数が多いし、長時間拘束されると大変なので、ダブルキャストになっていた。

びっくりしたのは、プロのコンサートと同じように、チケットが劇場のオンラインシステムで販売されていたこと。席によって値段が異なり、学生割引などもあるが、1枚10〜30ユーロで売られていた。

私が知っている限り、日本のバレエ教室の発表会は無料であることが多い。出演者が費用を負担するからだ。私自身、アマチュアの公演を交通費をかけて観にきてもらうのだから、チケットは無料というのが普通だと思っていた。衣裳のレンタル代も含めると、出演者1人につき何十万円も支払うこともある。

ところがドイツでは発想が逆で、観客が費用負担に協力してくれる。私のバレエ学校は衣裳も多く所有していたので、出演者の負担は全くのゼロだった。正直なところ、友達にお金を出してもらうのは心苦しかったのだが、みんな何とも思わなかったようで、結局10人以上の友人知人が観にきてくれた。

Theater Heidelberg
発表会後に劇場の前にて

私としては、せっかくちゃんとした劇場を借りて、お金を出して観てもらうからこそ、出演者一人一人に全体の一部としての責任を持ってほしかったのだが…。本番の舞台の出来は、知り合いが言っていたように、「できたところまでを見せた」感じ。とりあえず自分のパートは間違えずに楽しく踊れたのでよしとしよう、と私も個人主義らしく満足することにしたのだった。

コメント

  1. かずまさ より:

    バリエーションでない演目で発表会に出演するなら、出演者同士協力し合うことや、呼吸を合わせて踊る難しさ等、そこから沢山のことが得られると思うし、それを含めてバレエの発表会に参加する意味があるのかと思うのですが、生徒さんはどういうスタンスで参加されていたのでしょうか(笑〉、、?
    日本で踊っていたまさあきちゃんならではの葛藤があったかと思いますが、個人的にはちょっと寂しい感じもします。

    • Aki Aki より:

      私は大人クラスの様子しか知らないので、子ども達はもっとグループ意識があったのかもしれないけれど、かずくんの言う通り、本来は発表会に参加する意義って『みんなで舞台を作る』ことにあるかと。この国は仕事の上でも完全分業で、自分の担当外のことには我関せずなのだけど(だから残業も少ない)、それがこんな風に裏目に出ることもあるのかぁと思ったよ。

  2. ぱんだ より:

    チケ代取るなら、取れるように練習せい!…とおもうんだけどなあ…

    • Aki Aki より:

      ごもっともです。まぁ観客の大半は出演者(主に子ども)の家族や友達だったと思うので、応援代みたいな感覚だったのかもしれませんが^^;;

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