アイスランドに行くはずが、日本に帰った話③ ー 私にとっての日本

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帰国の種類

ドイツの在留邦人の間では、日本へ帰るという話をするときに、「一時帰国」なのか「本帰国」なのか、という区別をする。意味は額面通りだが、ドイツで無期限で暮らす私にとっては、それはいつも「一時帰国」であり、ドイツの日常から抜け出した束の間の休暇である。
不思議なのは、私は生まれも育ちも日本という日本国籍者だが、今は帰国すると自分が外国人のような気がすることである。それはつまり、自分がもう日本に属していないような気がするということだ。考え方や、身のこなしや、習慣や、身体的な部分までもが、ドイツに慣れて感化され、日本に住んでいたときの感覚から徐々に遠ざかっているのである。
この記事では、今回の一時帰国中に気付いたことを書き留めてみたい。

視点の変化

外国の生活に慣れてから日本へ戻ってくると面白いのは、日本を“外から”見るようになり、以前は当たり前と思っていたものに違和感を持ったり、新鮮に感じたりすることである。それは、「初めて日本へ旅行した時はビックリしてね…」と、ドイツ人の友人達が驚いたというポイントと重なるものも多い。
例えば、街中のゴミ箱の少なさ。ドイツは至る所にゴミ箱があり、辺りをぐるりと見渡せば、どこかしらに目に入る。それが日本で散歩していると、何か捨てたいものがあっても、いくら探せど捨てる場所が見つからない。よくドイツ人からも、「日本はゴミ箱がないのに、道にゴミが落ちていないのが理解できない」と言われるが、自分のゴミは自分で持ち帰るのが基本というわけである。

2年半前に一時帰国した時にはあった、地元のコンビニ前のゴミ箱もなくなっていた

ゴミを持って帰るということもそうだが、この「みんなやっているから自分もやらなきゃ」というプレッシャーのようなものは、ドイツではあまり感じない。

今回の一時帰国で感心したのは、ドイツと違って罰則があるわけでもないのに、どこに行ってもみんなちゃんとマスクを着用し、30℃超えの真夏日であってもマスク姿で外を歩いていることだった。ベルリンは屋内では着用義務があるが、そうではない屋外ではほとんどの人がマスクを外す。

駅前の横断歩道を渡る大勢の人
道行く人がほぼ100%マスクをしている

日本政府のコロナ対策も、厳格なシャットダウンではなく外出自粛要請という『お願い』ベースで、しかもそれがよく機能したように思われるのは、この同調圧力の賜物でもあっただろう。普段は問題視もされる暗黙の強制力が、今回は感染拡大防止に繋がったわけである。

身体も驚く

長く外国で暮らしていると、順応するのは頭だけではなく身体も同じである。私は夏(といっても9月だが)に日本にいたのが5年ぶりだったので、湿度の高さに身体がついていけなかったようだ。帰国してから何日間かどうも気分が悪く、最初は理由がわからなかったのだが、エアコンで除湿するように思い至ってから回復した。
あの、むあっとしたサウナのような暑さには、もはや息苦しさを感じる。ドイツも真夏には連日30℃を超えるが、湿度が低いので、からっとした暑さで不快指数は高くない。
また、久しぶりに帰国して驚いたのは、私の目も同じだったらしい。日本の家や商店の蛍光灯の明るさに目が痛くなった。ドイツないしヨーロッパは、概して照明が薄暗く、色も白より黄色っぽいことが多い。眼の色素が薄い人達は、夏にはサングラスが必須なことからもわかるように、眩しさに敏感なのである。

職場でドイツ人2人と同室ですが、蛍光灯を点けているのは私のデスクの真上だけで、同僚達は窓から入る自然光とデスクライトでちょうどよいそう…日本人からすると薄暗いです

日本の素晴らしい点

ある面ではドイツ贔屓の私だが、日本の方が良いと思う部分ももちろんある。
例えば飲食店。まずは水が無料で出てくる(ドイツでは基本的にミネラルウォーターを注文するしかないが、ビールより高いことも)。そしてレジ会計なので待たなくてよいし、チップもないので計算が簡単である。ドイツはテーブル会計で、日本のような呼び出しボタンもないので、テーブルの担当のウェイターさんが忙しいと、延々と待たされることも多い。時間がない時はけっこうな負担である。
それから、スーパーでも駅でも公園でも、どこでも無料のトイレがあり、自由に使えること。ドイツは、飲食店や入場料を払った施設で利用しない限り、お店にはトイレがないし、駅などの公衆トイレは有料である。出掛ける時は、どこで次にトイレに行けるか気を付けないといけないので、このストレスがない日本は素晴らしい。
また、お客様は神様というモットーのもとで動いている、言わずと知れた日本の接客の素晴らしさも挙げたいところだが、理不尽なことを言ってくるお客にも耐えなければならないサービス側のストレスを考えると、これは善し悪しだなと思う。

コロナウイルスの影響

2020年に特化した点、つまり新型コロナウイルスの影響でいうと、私の実家がある東京と、普段住んでいるベルリンには、大きな差は感じなかった。制限はありつつも、一通りの社会生活は再開している。
普段より人が少ない気はするけれど街中は賑わい、営業時間を短縮しつつお店は開いており、在宅勤務も取り入れながら必要があれば出勤し、少人数であれば友人達と会うこともできる。長距離の旅行は自粛するが、近場で楽しみを見つけるようにする。どこであっても、マスク着用や、手の消毒、ソーシャルディスタンスに気を付ける。

商品が陳列されている棚の間、会計を待つ人が並ぶべきライン
スーパーマーケットのレジの前、間隔をあけて並ぶようにシールが貼られている

日本もドイツも、ウイルスに怯えたり排除しようとしたりするよりも、ウイルスとどう長期的に付き合っていくか考えようという段階に入っている。規制を緩和したり再び厳しくしたり、政府も様子を見ながら舵を取るしかない。

私が日本にいる間にニュースで見て面白かったのは、イベント参加人数の制限緩和の議論で、「参加者が大声を出さない」クラシックコンサート、演劇、古典芸能、ミュージアム、映画館などでは収容人数いっぱいまで入場を認めるが、「落語も含めるべきか」というものだった。確かに寄席に行っても思い切り笑ってはいけないというのであれば辛い…。結果的に、落語も緩和の対象になったそうである。

私が個人的に、ドイツではなく日本で初めて体験したのは、マスクをしてのバレエレッスン。ベルリンのバレエ教室も、今は予約制だし、スタジオに入る時には検温と手の消毒をするが、レッスン中のマスク着用は求めらていない。日本でお世話になっていたバレエ教室にお邪魔したとき、マスクをして90分のレッスンを受け、息苦しくて大変だと実感した(仲間によれば慣れると意外に平気とのこと)。

ドイツに行くのか、帰るのか

さて、3週間の一時帰国もあっという間に過ぎ、私がドイツへ戻る頃になって、家族や親戚から、「気を付けて行ってらっしゃい。いや、気を付けて帰ってね、と言うべきかな」と何度か笑いながら聞かれた。私も自分でちょっと考えた結果、「ドイツへ帰ります」と答えた。

確かに「一時帰国」という言葉にも含まれている通り、私は生まれた国である日本に一時的に帰っていたのだが、実際に暮らしているのはドイツである。そこには自分のアパートがあり、苦労して得た学位と仕事があり、段々と広めてきた人間関係がある。
私の好きなドイツ語の一つが“Wahlheimat”だ。直訳すると「選択した故郷」。Duden(日本でいう広辞苑)の定義では、「そこで生まれ育つことなく、定住して居心地よく感じる国や場所」とある。まさしく私にとってドイツはWahlheimatであり、偶然生まれ育った故郷(Heimat)よりも、そこには自分の強い意志が込められている。

ターンテーブルの周りに集まって荷物を待つ人々
テーゲル空港でスーツケースが出てくるのを待つ。もうすぐ閉鎖される予定なので、私にとって最後の利用

行きと同じように、羽田~フランクフルト~ベルリンと飛び、無事に自分のアパートに着いたとき、「あぁ帰ってきた」とほっとした。現在は日本からの入国者についてはコロナ検査や隔離措置がないので、次の日から職場に戻り、今はまたベルリンで日常生活を送っている。

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