※ この記事はインタビュー前編の続きです
ワインは調味料、ワインは人間性
ワインと料理の関係について教えてくれますか。Ayamiさんは以前、「ワインは料理にとって調味料のようなもの」と言っていましたね
そうです。ワインは料理を更に美味しくすることも、台無しにすることもできます。ペアリングを間違わないことは絶対的に大事です!合わないワインだと、せっかくの美味しい料理も駄目になってしまいます。ワインの簡単な知識があれば良いですが、何が合うかわからなければお店の人に聞くといいと思います
Hideさんも、料理を作りながら、「これにはあのワインが合うだろうな」と考えたりしますか?
うーん、僕は料理人なので、あくまで料理ありきで、最初からペアリングを考えているわけではありません。新しいレストランでは、どんな料理にも合うワインがあるように幅を持たせて、ワインリストを作るつもりです
私たちにとって一番大切なことは、自分たちでワイナリーに足を運び、ワインの作り手の顔を見て話をしたうえで、そのワインをレストランに仕入れるか決めることです。不思議なことに、美味しいワインを作る人って、みんないい人なんです。ワインには人間性や情熱が反映される気がします
うわー、それ、わかります…!芸術の世界でも、素晴らしい作品を生む人って人間としても魅力的なことが多いですよね。仕事の関係で、超一流と言われるアーティストと関わることが時々ありますが、実際に会ってみると気さくで腰が低くて、こちらが緊張していたのが杞憂に終わることがよくあります
ドイツには、先祖代々広大な畑を持つ貴族の血を引いたワイナリーもありますが、そのワインはやっぱり高貴な味がします…気のせいかもしれませんが(笑)
舞台芸術とレストラン、意外な共通点
ところで、Ayamiさんの舞台演出家としての経験は、レストランのサービスという今のお仕事に活かされていますか?
すごく活かされていますよ、まったく違うようで実はよく似た仕事ですから。レストランのサービスは、舞台の演出助手とそっくりなんです。オペラや音楽は時間の芸術で、一度始めると最後まで止まれず、逆戻りもできないですよね。レストランも同じで、お客様が入ってきてから帰られるまで一連の流れがあり、止まることはできません。演出助手が舞台の動きを見ながら歌手に出番の合図をし、必要なタイミングで小道具を出すように、レストランでもテーブルの動きを見ながら、適切なタイミングで料理やサービスを提供します
なるほど、全体の流れを把握して、すべて滞りなく進行するように、舞台ないしテーブルを演出する、というお仕事ですね
そうです。私の師匠のペーター・コンヴィチュニー(Aki註:ドイツの著名なオペラ演出家、ライプツィヒ歌劇場の元オペラ総監督)もよく言っていましたが、「Inszenierung(演出)とは文字通りSzene(シーン)を作ること」だと。その場その場を作っていくのが演出で、それはレストランでも同じです
今でもAyamiさんは日本の市民ミュージカル劇団の監督もされていて、脚本を書いたり、オンラインで稽古をしたりとお忙しいですね。最新作では私もドラマトゥルク(Aki註:資料リサーチや時代考証を担当する顧問)として協力させてもらいましたが、皆さんの熱量に圧倒されました。今後も舞台芸術とレストランという二足の草鞋を履いて活動されていく予定ですか?
続けていきたいと思っています。昔は何か一つの道を極めるのがいいと思っていましたが、最近はそうでもないと思い始めました。人生一回きりですし、今まで知らなかった世界を見られると楽しいです。レストランで色んなお客様を観察していると、ミュージカルの脚本を書くときに、登場人物の参考になることもありますよ
お客様は神様、ではなく王様?
お料理を担当されるHideさんにとって、日本とドイツでは、材料も客層も違うと思いますが、何か気を付けていることや難しいことがあれば教えてください
ここで手に入る良い材料で作るようにしていますが、やっぱり魚とフルーツは難しいですね。逆にじゃがいもなど野菜はドイツの方が味が濃くて美味しいと思います。あ、トマトは日本の方が美味しいかな、これもフルーツに近いですが。客層は、そうだなぁ、僕はドイツ人の味覚に合わせているわけではないです。自分が美味しいと思うものを出しています
Ayamiさんも、ドイツ人中心のお客さんにサービスすることに、難しさや逆にやりやすさを感じることはありますか?
私はそもそもドイツで接客業を始めたので、こちらの方が向いている気がします。ドイツだとお客さんとの関係が対等に近いので
あぁ〜わかります、その話は私もブログ記事にまとめたことがあります
レストランの仕事を始めた頃に、ドイツ歴が長い日本人の同僚に教えてもらったことがあります。ドイツではお客様は王様、というんです
神様ではなく…?
そうです、神様という絶対的な存在ではない。確かに王様にbedienenする(仕える)からBedienung(サービス)ではあるのですが、召使いとしてどのくらいサービスするかは自分で決める余地があります。素敵な王様だったら尽くせばいいし、暴君だったら尽くす必要はありません
面白い考え方!
それで、優しい王様に尽くすと、Trinkgeld(チップ)をもらえるわけです。私はこれを王様からのお小遣いだと思ってます(笑)
レストランのこだわり
お二人の新しいレストラン、まだメニューは試行錯誤中かと思いますが、お客さんに絶対に食べてほしいと思うシグネチャー料理があれば教えてください
数日前からレストランのキッチンを使えるようになったところなので、これから色々と試しに作ってみる段階で、まだ本当に考え中です…。コース料理とアラカルト、両方用意するつもりです。前のドイツフレンチのシェフが出していたロブスタースープとクレームブリュレを恋しがっているお客さんがいるから、この二つはメニューに入れないといけないかもしれない(笑)
とりあえず、凝縮感がありつつ、素材の味を活かした、ピュアで無駄のない料理を提供したいです。日本でやってきたことを再現しようとは思っていなくて、ここで手に入る食材で作れる最高のものを考えます
Hideはお肉もいつも大きなかたまりを買ってきて自分で処理します。スジを取ったり一番美味しい部分を切り分けたり。そして、本人はフランス語でキュイッソンと言ってますが、火入れがピカイチです。お肉を焼くのにも複雑な工程がいくつもあって、フライパン・オーブン・フライパンと行き来したり、一度休ませて余熱が中まで通るようにしたり、時間を掛けています
確かに、昨日の夜ごはんにHideさんが焼いてくださった鴨、絶品でした…!
ドイツのお客さんって鴨肉に異様なこだわりがある人が多いんです。前にいたレストランでも、注文するときに「皮はちゃんとパリパリ?」って聞かれたり、「焼き方がよくない」って食べずに返されたりすることが何度もありました。でもHideが焼いた鴨は完璧ですよ!生のような綺麗なピンク色ですが、ちゃんと中まで火が通っています
日本人としての抱負
最後に、お二人が目指している目標などあれば教えてください
レストランというのは特別な場所だと思います。劇場と同じように非日常を体験できるところです。来てくれた人が毎回楽しんでくれて、心もおなかも満たして帰ってくれたら一番です
僕も同じですね。お客さんが、ここに来て幸せ、と思ってくれたら何よりです
あ、劇場との違いが一つありました。社会問題をお客さんに投げかけることも舞台の大事な役割だと私は思っているんですが、レストランではお客さんにただ純粋に楽しんで喜んでもらいたいです
都会の喧騒から離れたこの村に、色んなお客さんに来てもらいたいですね。ワイナリーもあるし、近くにはBollAntsという高級スパホテルもあるし
僕は基本的にフレンチのシェフなので、アジア人としては更に頑張らないといけないと思っています
本場ヨーロッパで西洋料理で勝負するから、でしょうか?
そうです。日本人が作る和食ならそれだけで説得力がありますが、アジア人が作る西洋料理だと、最初は疑り深い目を向けられるので
これは残念ながら、私が前にいた声楽の世界でも一緒です。同じくらい歌の上手いヨーロッパ人とアジア人がいたら、ヨーロッパ人の方が採用されやすいという現実があります。舞台芸術は見た目も物を言うので仕方ありませんが…。アジア人が本場でヨーロッパ人と張り合うためには、常に一つ上のレベルを目指さないといけません
お二人ならドイツ人のレストランにも負けないはずです!たくさんのお客さんを幸せにしてくださいね。私もまた来ます
レストラン情報
このインタビューをしてから約2ヶ月後の2024年2月23日、AyamiさんとHideさんの『Zur Traube』がついにオープン!ホームページとInstagramで、目にも楽しいメニューを紹介中。
ドイツ在住者の方、旅行でドイツへ来られる方、ぜひワインの村に足を延ばして、ジャパニーズフレンチと、料理を更に美味しくするワインと、非日常を演出するサービスを体験してみてください!
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