ドイツ語話者としての葛藤

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ドイツ語と私

私が日本でドイツ語の学習を始めてから、15年という長い歳月が経とうとしている。まがりなりにもドイツで就職し、無期限で暮らしている身にとって、ドイツ語という存在に対する感情は複雑なものである。

いくら頑張っても母語話者(ネイティブスピーカー)と同じにはなれない。その葛藤は、ある外国語の学習者であれば、一定のレベルに達すると必ず衝突するものだと思う。

私は特に今年、ドイツ語への向き合い方について色々と考えることがあり、この記事にまとめることにした。多くの方にとってより身近な外国語は英語だと思うので、「ドイツ語」を「英語」に置き換えて読んでいただけたら、共感してもらえる部分があるかもしれない。

黒く塗られた横顔など、壁に描かれた落書き
現在は観光名所になっている、ハイデルベルク大学の『学生牢』。問題を起こして収容された学生たちが壁に残したいたずら書きは、ドイツ語を読むと一層面白い

第一の劣等感・学習を始めたのが遅い

ドイツにいるドイツ語話者と一言で言っても、その内訳は一様ではない。両親ともドイツ人という母語話者、片方の親がドイツ人という他の言語とのバイリンガル、両親とも外国人だがドイツで育ちドイツ語が第一言語という人など、様々なパターンがある。

私はと言えば、日本の大学でドイツ語をABC(アー・ベー・ツェ―)から始めた。18歳でのスタートが遅いか早いかは、比較の問題でしかないが、幼少期をドイツ語圏で過ごし学校にも通っていた人と比べると、やはり発音や語彙数などでハンディキャップがあることを認めざるを得ない。この埋められない溝は、ドイツ在住歴の長い日本人に囲まれた今の職場に入ってから、更に意識するようになった。

「子どもの頃にドイツ語を習得しなかった」という、常に付きまとっていたこの劣等感を振り払うために、今年はC2の試験を受けてみることにした。ドイツの大学入学に必要だったC1を2010年に取得してから、特に語学試験を受けることをしておらず、あっという間に時間が経ってしまった。

ヨーロッパでは外国語の習得レベルをCEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)という、A1・A2・B1・B2・C1・C2の6段階で示す。
A1からスタートし、C2は母語話者と遜色のないレベルとされている。
「私は英語はC1、ドイツ語はC2、フランス語はB2レベル」という具合に共通の基準で比較できるので便利である。

過去問を解いて試験の形式を研究し、ゲーテ・インスティテュート(ドイツの公的な国際文化交流機関)にて一日掛かりで受けた試験には、幸い一度で合格することができた。C2の試験は4つのモジュールから成るが、特に読解と作文は、外国語の試験というよりも母語話者を対象にした国語の試験のようだった。

これで一応は、外国語としてのドイツ語で、最も高いレベルを達成したことになる。確かに勇気付けられる事実ではあり、A1からC2までの長い道のりを考えると自分を褒めてあげるべきとも思うが、自分のドイツ語が“完璧”ではないことも重々承知している。ドイツ語で話しながら、「名詞の性に自信がない」「あれはドイツ語で何て言うんだっけ」「また動詞の活用を間違った」と自分で情けなくなることも未だに多い。

第二の劣等感・母語話者にはなれない

外国語としてのドイツ語をある程度極めたところで、やはり“完璧”にはならないのである。そもそも母語であれ外国語であれ、ある言語を“完璧”にマスターすることは可能なのか、という議論もある。母語であっても、知らない表現や文字(漢字が良い例である)が無数にあるものだからだ。

しかし、私は少なくとも日本語と全く同じレベルでドイツ語を操り、電話の相手が私のことをドイツ人だと思ったり、バイリンガルとして育った人のように日独通訳をできるようになったりはしないだろうと思っている。

文法的にミスなく書いたり話したりできたとしても、やはりクセは出てしまい、その矯正は容易ではない。例えば私は、ハイデルベルク大学の修士課程で対照言語学が副専攻だったのだが、ドイツ人の教授と顔を合わせて少し話した後、「出身は日本ですか」とすぐに言い当てられた。

私のドイツ語はそんなに日本語訛りが強いのだろうかと不安になったのだが、実は教授が見ていたのは私の口の動きで、「あなたは母音のu(ウ)を発音するときに唇を丸めませんね」と言われてハッとした。

uはありふれた母音だが、通常は円唇(唇を丸める)母音のため、非円唇(唇を丸めない)で発音する日本語のウは世界的に見ても非常に珍しく、言語学者の間ではよく知られているのである。私はドイツ語でuを発音するときにも非円唇になっていたのだった。

黄色の歴史的な建物
ハイデルベルク大学で在籍していた学部の建物

こういった体に染み付いたクセが他にもあるのだろう。ドイツ語の先生をしていたドイツ人の友人も、「Akiは長母音と短母音もちゃんと区別しているし、どこをどう直せばよいのか言えないんだけど、何か違うのよね」と首を捻っていた。つまり、明らかに間違っているわけではないのだが、母語話者のドイツ語には聞こえないということである。

いくら勉強しても、母語話者と全く同じようにはならない。これは外国語をC2レベルまで学習した人がぶつかる壁であり、その先のモチベーションを保つための障害となり得る。

ドイツ語は外国語、と割り切る

一方で、“母語話者の話すドイツ語”を完璧とし、自分のドイツ語を矯正することが必要なのか、という疑問もある。もちろん文法的な間違いを可能な限り減らすことは重要だが、多少発音に違和感があっても意思疎通に支障がないのであれば、細かいことを気にするより、“自分のドイツ語”を堂々と話した方がよいという考え方もある。当然ながら、ドイツ語圏の母語話者でさえ、国や地域によって発音は大きく異なるからだ。

開いて展示された分厚い書籍
中世低地ドイツ語という古い言語で書かれた聖書。現在のドイツ語とはまるで別物

ドイツ語は自分にとって外国語、と割り切れば、“完璧な母語話者のドイツ語”という、手の届かぬ目標を追って苦しむ必要はなくなる。これは、自分がドイツ人にはなれないと認めることと似ているかもしれない。もちろん紙の上ではドイツ国籍を取得できるが、自分が元々外国人であることには変わりない。

15年もドイツ語と付き合いながら“完璧”からは程遠く、自分のドイツ語は半端でしかありえないという葛藤に悩まされた私だが、最終的にはこの心境に至った。自分はドイツ人ではなく日本人。ドイツ語は母語ではなく外国語。そう認めたうえで、“外国語としての自分のドイツ語”をいかに磨いて、(母語話者のドイツ語とは違うにせよ)より綺麗なものにできるか、を考えるようにしたいと思う。

「ドイツ語上手ですね」と言われる違和感

ところで、日本と比べて圧倒的に外国人の住民が多いドイツでは、ドイツ語を話す外国人というのは珍しくも何ともないのだが、それでも時々ドイツ人から「ドイツ語上手ですね」と言われると、何とも形容しがたい複雑な気持ちになる。それは愉快か不愉快か、と二択で聞かれれば、不愉快の方に近い。

褒められているのになぜ不愉快にならなければいけないのか、長らく自分でも考えていたのだが、おそらくそれは、ピアノの先生が「ピアノ上手ですね」と言われたときの気持ちと同じなのではないか。ピアノをうまく弾けるのは自明のことなのに、なぜわざわざ“上から目線”で評価されなければならないのか、と少しむっとする気持ち。

一方で、もし自分が日本で上級レベルの日本語を話す外国人と出会ったら、思わず「日本語上手ですね」と言ってしまうだろうという気もしている。それは純粋な賞嘆からであり、“上から目線”などではない。

ということは、ドイツで「ドイツ語上手ですね」と言われても他意はないのだろうし、むしろ喜ぶべきと思うようにしています

ちなみに、ドイツに住む他の外国人から「ドイツ語上手ですね」と言われる場合には、不愉快に思ったことはない。それが純粋な尊敬と賞賛によることがわかるからである。私自身、自分よりずっと流暢にドイツ語を話す外国人を見ると、その人の出身国にかかわらず、「私もいつかあのくらい話せるようになりたい」と憧れたものである。

終わりなき学習

さて、まとめとしても月並みなことしか書けないが、結局のところ外国語学習に終わりはない。“完璧”という実在するかわからない理想を追い求めて苦悩するより、自分がドイツ語の母語話者や第一言語話者ではないことを認めたうえで、日々の努力を続けるしかない。

そうは言っても、目指すものがないと頑張れないのが人間というもの。私の場合は、発音以外の課題も自覚しており、それは語彙や表現の幅を広げることである。ドイツ語から日本語へ翻訳・通訳する場合と比べて、日本語をドイツ語にする場合には、対応する言葉や言い回しを思いつかないことが多い。つまり日本語と比べて、自由に使えるドイツ語の知識の方がずっと小さいのである。その対策としては、新聞などで知らない単語を見掛けたらメモして覚えるなど、やはり日頃から気を付けるしかない。

上達を実感できずもどかしく感じることがほとんどながら、自分で専門として選択し勉強を続けてきたドイツ語。嫌になることがないのは、やはり好きなのである(途中でしばらくフランス語に浮気したけれど…)。

古い新聞スタンドを模した展示スペース
ベルリンにある、DDR(旧東ドイツ)の日常をテーマにしたミュージアムにて。古い雑誌の展示は、表紙のイラストやドイツ語を眺めているだけで楽しい

好きな言語、ドイツ語。手に入ったようで入らない言語、ドイツ語。これからもドイツ語との愛憎相半ばするような関係は続けていくだろう。

語学
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